王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
 けれど自分が成すべきことは明白で、この国を守るという大義を持った彼のことは、自分のわがままで貶めたくないと思った。


 貴方が幸せであれば……私は、いくらでもこの身を賭します。


 瞬く星を見上げて、マリーは彼への想いをたしかに心に刻む。

 やはり、あの日彼の腕の中から見た星空は、マリーの人生で一番輝かしかった。


「ウィル……」


 もう一度だけ、彼のサファイアの瞳を見つめたい。

 愛していると言ってくれた彼の温かさに包まれたい。

 思い出すことでしか取り戻せない感覚に心を委ねていると、背後からかさりと地面を擦る足音が聞こえた。

 たちまちに不安に襲われる心臓はどきりと飛び上がる。

 何者かが迫ってきた気配に振り返ろうとすると、マリーの口が大きな掌に塞がれてしまった。


 人攫い……!?


 背中から羽交い締めにされ、上げようとした声は出ない。

 いつかフレイザーにも同じことをされたあの恐怖と同じものがマリーを襲い、激しく身体が震えだした。
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