王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「マリー」


 怯えてばかりいてはいけないと身じろぎすると、耳元でそっと囁く声に動きを止めた。


「声を出さないで」


 聞き覚えのある凛とした声音に、はっと目を見開く。

 それが誰のものなのかがわかると同時に、マリーの瞳には安堵の涙が浮かんだ。


「場所を変えよう」


 マリーが声を出さないと悟ったところで、口元が解放される。


「……ウィル……っ……」

「マリー」


 吐息に乗せた名前は掠れたものの、マリーを呼んでくれる優しい声に拾われた。

 後ろを振り向くと、口を覆っていた掌がマリーの顎を支え、そこにウィルが柔らかな口づけを落としてくれた。

 フレイザーに触れられた場所は、ウィルによって丁寧に上書きされる。

 身体を反転させて彼の首にすがるように腕を回し、重なる口唇からマリーのありったけの想いを伝えた。

 エルノアのそばにいるはずのウィルがなぜ今ここにいるのか、聞きたくてしょうがなかったけれど、熱い想いをくべてくれる彼に応えることでマリーは必死だった。



.
< 174 / 239 >

この作品をシェア

pagetop