王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
 ついばむように含んでから、ウィルのそれは小さな口唇から音を立てて離れる。

 上目づかいに間近の彼を見るエメラルドの瞳はすでに濡れていて、それに呼応するようにサファイアの瞳もゆらりと揺れた。

 「マリー」と繰り返し名を呼ぶウィルは、彼女の身体を優しく包むように抱きしめる。

 もう一度そうされたいと思っていた願いを叶えてくれる彼に、マリーはすり寄った。


「目の前にいたのに、……守れなくて、すまなかった」


 苦しそうなウィルが何のことを言ったのか、一呼吸置いてから気がついた。

 見せつけるようにフレイザーによって奪われた口唇。

 あれはウィルにだってどうすることもできないくらい、一瞬の出来事だった。


「ウィルが謝ることはないわ。それに……今、綺麗に拭ってもらったから、もう大丈夫……」


 本当にウィルのお陰だった。

 今マリーの口唇には、ウィルの温かさしか残っていない。

 素直にそう思ったことを口にすると、ウィルはサファイアの瞳を真ん丸に見開いた。
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