王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「そ、う……」


 途切れる相槌は、逸らした視線の先の床へはらりと舞い落ちる。

 自分はフレイザーとの婚約を進めている身だ。

 今日だって、あちこちにフレイザーの婚約者として挨拶をしたのだ。

 ……覚悟は、決めていたはずだった。

 それなのに、それを受け止めきれないマリーの心は、悲しみの感情を噴き出した。


「ごめんなさい……おめでとうと、言わなければいけないのに……」


 ぎゅっと抱き寄せられた温かな胸に、哀しみが吸い取られていく。

 けれど、次から次にこみ上げてくる感情は、一向に癒されることはない。


「君がそれを口にする必要はないよ、マリー」


 ウィルはマリーの金色の髪を丁寧に撫で、それから決したように覗き込んできた。

 マリーを見つめるサファイアの瞳は真剣な色を宿して、その意志を真っ直ぐに伝える。


「これから父と母に君を紹介する。俺が選んだ花嫁として」

「え……?」

「皆から祝いの言葉をもらうのは、君の方だ」


 思いもしなかった言葉に、マリーはきょとんと瞬く。
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