王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「マリーアンジュ。俺と、結婚してくれないか」


 愛おしい温かさの中で、腰を抱くウィルにさらに強い力で引き寄せられた。

 真摯な眼差しと澄んだ声は、それまで絶望の淵に立たされていたマリーを、煌めく希望の光で包み込んでくれるものだった。

 しかしマリーには、すべてを彼に委ねられる選択は残されていないことを思い出した。


「でも私、フレイザー様と婚約を……両親もそれを承諾してしまったわ」


 せっかくもらった愛の言葉。

 永遠を彼とともに生きていくという手を、今差し伸べてもらっているのに、マリーにはそれを取ることができない。


「フレイザーとは正式に婚約の儀を挙げていないのではないか?」

「あ……」

「大公爵家は直近の王族に当たる。あらゆる宣誓や儀式は、王城の大聖堂でなければ執り行えない」


 言われてみればそうだ。

 正式な婚約を交わすには、両家の合意の上、司教を立てて神の下で宣誓しなければならない。


「そして、これまでここの大聖堂では、王太子の成人祝賀式典の準備に追われていて、婚約の儀はできなかったはずだ。
 つまり、フレイザーと君の婚約は、今はまだ成立していない。フレイザーが嘯いているだけに過ぎないんだ」
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