王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
*  *  *


 逃げ出してしまったマリーの心情を察するように、ウィルは彼女のあとを追うことはない。

 いや、そうすることができなかった。

 もちろん、屋敷の中になど入れるわけはないし、それに自分の行動を省みるように放心してしまったのだ。

 少女のいなくなった抜け殻の庭から、無言のままミケルの待つ外へと出る。


「貴方様があのような小粋なことをされる殿方だったとは、ミケルは存じ上げませんでした」


 ようやく主が男として動き出したのだと安心したような笑みを浮かべるミケルから、ウィルは剣と馬の手綱を力なく受け取った。


「何が粋なものか……」


 呟くウィルは、大きく息を吐き出して愛馬の首筋に額を押しつけた。

 愛馬に隠してもらうのは、夕焼けに紛うほど耳の先までを真っ赤に染めた顔。

 マリーと同様、ウィルもまた口づけを交わすのは、初めてのことだったからだ。
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