王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
 エレンの言う通りだ。

 マリーが大公爵家へ嫁げば、周りの皆が幸せになれる。

 だけど、そこに自分自身の心が伴っていくとは、どうしても思えなかった。


「私はまだ、大草原に裸足をついたことがないし、そこを駆ける風にさらわれたこともない。山から流れる川の奏でる音を聞いたこともないし、それを生み出す水に触れたこともないわ。
 ……それにね……」


 この世の中にはマリーの計り知れないことが無数にあることを知った。

 それを教えてくれたのは、すぐそこにいるウィルだ。 


「私、窓枠に切り取られない満天の星を、一緒に見たい人がいるの」


 彼はいつだって、マリーにいろんなことを教えてくれた。

 これからだって、まだまだたくさんの新しいことをマリーに見せてくれるに違いない。 


「お嫁に行ってしまったら、きっとそれは……叶わなくなってしまうわ……」

「星……だなんて、そんなことくらいで……」


 エメラルドの瞳に真っ直ぐな思いを込め、自分を案じてくれる侍女を見つめるマリー。

 心の奥から湧き上がってくる温かな気持ちは、一体なんだろう。

 素敵な世界を見せてくれるであろう彼のことを思うと、胸が締めつけられ鼓動が早くなる。
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