王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
 その瞳には歓喜の感情が潤んでいて、マリーはこれまでにないほど喜ぶ母の姿を見て驚いた。

 こんなに喜んでくれるほどの朗報だったのに、マリーは薄く口唇に笑みを引くだけで、もやもやと濃さを増す憂鬱さに胸を重くさせる。

 喜ぶ母を目の前にそれを吐くことができず、いっそう息苦しさが増した。


「お母様……」

「でもマリー、喜ぶのはまだ早いわ。
 いいこと? 決して粗相のないようにお願いね。
 おそらくフレイザー様は、他にもめぼしい女性と面会なさっているはずよ。
 その中でも、マリーアンジュ、あなたが一番ふさわしい女性であることを売り込まなくてはいけないの」


 売り込む、って言われても……。


 マリーは困惑した。

 自分の気持ちが、母からの期待とは正反対のところにあることに気づいてしまったからだ。

 先日のダンスの際、フレイザーが耳元で囁いたあのいやらしい声音が、いまだ不快感を消させない。

 
 あの方に会うのは、なんだか怖い……。
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