March
衣装係の仕事は、10本ネクタイを作ることと、スカートを10枚つくることだった。
ミシンの使い方さえ分からないわたしは、一人手間取っていた。正直、恥ずかしい。
「理華ちゃん、ごめん、これの操作どうやるの?」
「このボタンを押したら動くよー」
「わぁホントだーありがとう」
こんな風にわたしは周りの人に頼っていた。

作業2日目になった日のこと。
昨日はあまり気にしていなかったけれど、新入部員唯一の男子が、すごく裁縫が上手いことに気がついた。
わたしは彼の手つきをよく見ていた。手慣れていて、上手だ。
彼の作業しているテーブルには、たくさんの糸屑が散乱していた。
手が空いていたわたしは、彼の近くへ行き、言った。
「これ捨ててもいい?」
「……あ、どうも」
会話はそれだけだったけれど、彼の印象は、なんかぼんやりした男の子だな、ということだった。


作業が終わって帰るとき。皆はもう被服室を出て帰路についているだろうに、わたしはのろまで、ミシンを片付けるのに時間がかかってまだ残っていた。
「…………あれ?針ない」
ミシン針を無くしたかも知れない。わたしはどきっとした。
「……これ?」
後ろから声がしたから振り返ると、さっきの裁縫上手な男子がいた。
「あ………ありがとう」
「うん」
彼は背を向けて部屋から出ていく。
わたしは咄嗟に彼を呼び止めた。
「あの……」
「?何」
「出身中学、どこ?わたしは高菜中学だよ」
「ああ………隣だ。八重崎中」
「じゃあ電車一緒だね」
「ああ……うん」
「名前は?わたしは……」
「知ってる。フルート吹きの藤原さん」
「え……何で知ってるの?」
「全員メモった。自己紹介のときに」
「えー……」
「俺は保科将紀」
「うん、覚えとく」
なんか不思議な人だ、保科将紀。わたしはそう思った。
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