HARUKA~始~
「デートの最後はやっぱり観覧車でしょ」


そう言われて、ああ…そうなのかと心得て、さっきの駅からさらに3駅行ったところにある遊園地にやってきた。

少女漫画もケータイ小説も何も縁の無い生活をしてきた私には、デートがどういうものなのか定義付けられていない。

しかもこれは疑似デート。

私の理解の範疇は裕に超えてしまった。



「2人です」

香園寺くんが慣れた様子で係員にピースサイン。

一体今まで何人とここにきたのか。

その前に、何人に告白され、何人断ってきたのか。

謎は深まるばかりだ。





「いってらっしゃーい」ととびきりスマイルの女性係員に笑顔で見送られ、ついに王子様と密室空間に2人きりになってしまった。

ドキドキ、ドクドク、バクバク…

心臓が鳴り止まない。

口から出てきそうだ。 

聞こえてないかな…
大丈夫かな…
 
この緊張感、耐えられないかも。

パンフレットにちらりと目をやると、乗車時間約12分となっている。
今まで経験してきたどんな12分よりもきっと長く感じるだろう。


はぁ…


一瞬気を抜くとお腹がキュルキュル鳴った。
さっき食べたものは胃にエネルギーが集中出来ず消化不良にかなり近い状態。


「どうした?気分悪い?」

香園寺くんが私の顔を覗き込む。

いやいやいや…近いよ。

鼻と鼻の間隔、約2.5センチ。


いよいよ、どうにかなっちゃいそう…

このまま失神して、天国まで昇っていきそう…


「熱はないみたい。あっ、でも、俺が近すぎて一時的に38度くらいになっているようですけど、どうなんですか?症状は深刻ですか、蒼井晴香さん」


おでこに香園寺くんの大きな手が触れた。

急に患者扱いされてる。まあでも…発熱しているのは確かだし、緊張で胃が萎縮して消化不良を起こしているのも事実だ。

立派な患者だ、私。

香園寺病に感染しました…

 
「あ…あの…近いです。一定の…きょ…距離を、とっ…とりたいです」

「そう言われても、この狭さだし。一応こーみえても、身長178センチあるし、これ以上はどうにもならないけどなぁ」

「ご、ごめんなさい…」


私が俯きがちに謝ると彼が私の頭をポンポンしてくれた。


この人は一体どこまで王子様なんだろう?

どこまで本気なんだろう?


香園寺くんはちょっとミステリアスだ。

強引なのに優しい…

垣間見えるその謎めいた雰囲気に私は今日何度か引き込まれそうになっている。


―――――危険かも。


油断していると、女子はコロッと落とされる。


分かってきた香園寺くんのこと。
でも、やっぱり分からない、香園寺くんのこと。


彼の本質って…?


「晴香ちゃんてさあ、今まで出会ったどんな女子よりも難しいんだよね~」


ふと彼が一言呟く。

難しいってどういうこと?


「半日一緒にいたのに、全然心開いてくれないじゃん」


心…開いてない?

確かにそうなのかもしれない。
彼の雰囲気に引き込まれそうになるけど、どこかで理性が発動してブレーキがかけられる。

本当にこの人に自分を見せても良いの?

そう無意識に自問自答していつの間にか答えは出される。

そして…―――――シャットダウン。


「俺、こんなに好きなのに思いが届かないって生まれて初めて。片思いって切ないんだなー」


香園寺くんの顔が窓ガラスに写り込む。

ものすごく悲しくて、今にも心が張り裂けそうな顔をしていた。

私も胸がズキズキ痛んだ。



答えてあげられない。

どうしても気持ちが彼と重ならない。

メーターが上がりきらない。


「ごめん…なさい」

「晴香ちゃんが謝ることじゃない」


香園寺くんが頭を優しく撫でてくれる。

手の温度に甘えたくなるけど、私は素直に甘えることを知らない。

いや、遠い昔に置いてきたんだ、そういう感情は。


「今日は半日彼女お疲れさま。俺、スッゴく楽しかった!食べる姿も俺にドキドキしてる姿も時々見せる笑顔も、全部かわいかった。ホント、ありがと」

「こちらこそ、ありがとうございました。半日、楽しかったです」


私たちを乗せた観覧車がてっぺんまできて徐々に降りていく。  

人工的な光が斜めに入ってきて、目の前の香園寺くんの顔を照らす。

それがきれいでしばらく見とれていた。

香園寺くんは、そんな私の様子にたぶん気づいていただろうけど、何も言わず、ただぼんやりと窓から見える景色を眺めていた。 



静寂が2人を包み、それに慣れてきた頃忘れられない12分間が終わりを告げた。
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