HARUKA~始~
中央階段を上がってすぐの1年4組の教室に入る。

女子の大半はいない。何せ香園寺ガールズだから。彼女たちはバンド部の音漏れを聞きながら昼食を食べているらしい。

私はそこには混ざらない。
何せ静かな方が落ち着く人だから。

いつものように席に着こうとして、
あれ?と思った。

私の席の上におにぎりが2つおかれていた。
購買部で売っているおかかと梅干しのおにぎりだった。

しかも、よりによってこの2つ!?


誰か私のこと監視しているの?


誰かに聞いてみた方が良いかな…

後ろをちらりと伺う。
そこにはスヤスヤと気持ち良く眠っている石澤くんがいた。

彼は右手を肘で折って枕にし、左手はだらんと力無く私の方に突き出していた。

起こすのは忍びないけど、どっちにしろあと10分くらいで授業だし、起きなきゃならないから、親切に起こしてあげてから聞こう。


「もしもーし。お休み中申し訳ないんですけど、あと少しで授業ですよー」


いつもやられっぱなしだから、ツンツン1.5倍返しでツンツンツン。

すると、ビクッと動いて、ガバッと顔を上げた。

私は拍子抜けして膝がカックンとなってしまった。
そのオーバーな起き方にドラマでも見ているような錯覚を起こした。


「あぁ、はるちゃん、おかえりぃ。起こしてくれてサンキュー」


今日はサンキューなんて苦手な英語をカッコつけて使っている。

いつも「ありがとぉ」とかいう癖に…

寝ぼけてんのか、コイツは!!


「あのさぁ、たぶんお休みしてたからわかんないだろうけど、私の机の上におにぎり置いたの誰だか知ってる?」

「さぁね~。知らなーい」

「あっそ。やっぱり、知らないのね」


聞くんじゃなかった。
寝せときゃ良かった。

そしたら、授業中も眠ったままでツンツンされなかっただろうし、化学のあの怖い先生の雷が落ちたかもしれないのに…

実にもったいないことした。


「なんかはるちゃん、拗ねてるぅ」

「別に拗ねてないし。ていうか、お昼食べた?ずっと眠ってたんじゃないの?」

「今から食べるよ。はるちゃんにもおすそ分けするよー」

「要らない」

「冷たいなぁ、はるちゃん」


っていうか、いろいろあったのによくもこんなにナチュラルに話しかけられるの?

不思議だ、この人…

ぼーっとしている間にヤツはお昼の準備を進めていたらしく、私の鼻が甘ったるい匂いをキャッチした。

恐る恐る後ろを振り返ると、私は愕然とした。


「これ食べるの?」


ワントーン下がった声が出た。
かなりの衝撃を受けた。


「午後は午前よりも糖分を必要とするからねぇ」


だからって、これはないでしょ…
っていうか、その根拠は?

ヤツの机に用意された、生クリームたっぷりのいかにも体に悪そうなピンク色の物体に目をやる。

なんか、気分悪くなりそう…

身の危険を感じた私はすーっと前に向きなおり、机から教科書やノートを取り出した。


「じゃあ、いっただっきまぁす!!」


はいはい。どうぞご勝手に。

ヤツのことは完全に頭から取っ払って、私は迫ってきている定期試験の勉強を開始した。
理系科目が苦手なのに、受験には必ず必要だから、人一倍努力しなければならない。

生物基礎の重要語句が羅列されているお手製のノートを凝視しながら、手も動かす。

これが私が確立した暗記スタイル。




――――のはずだったんだけど…



「うーん……おいしぃ」

「ん一、あまぁい」




後ろから聞こえてくる雑音が耳障り過ぎて全く集中できない。

シャーペンのカシャカシャっていう音よりヤツの女子みたいな声の方が耳に自然と入ってきてしまう。

睨みつけてやろうと後ろを振り返ると、
口の周りにチョコと生クリーム、
鼻の上にも生クリーム、
指先にも生クリームがついた「生クリームモンスター」が視界に飛び込んできた。

どうやら見てはいけないものを見てしまったようだ…


「あーおいしかったぁ。エネルギーチャージ完了!!」


私はエネルギー抜かれました~。
返せ、石澤玄希!


「あっ、はるちゃんにあ~げるっ」





―――――ベチャッ







右頬にヤツの指先の生クリームがつけられた。








「いい加減にして!!」


教室中に私の声が響きわたった。

読者に夢中になっていたおとなしめの女子が、まるで怪獣を見るような目で私を見つめていた。


「行こー。洗わないと落ちないよぉ」


こんなとろとろ喋りなのに、行動は素早い。
怒り狂った私の左腕を力強く掴むと、猛スピードで手洗い場まで連れて来られた。


「ちょっと!パーソナルスペースにズカズカ入って来ないで!」

「怒ってる、怒ってるぅ♪
かっわいい、は~るちゃん♪」


何なの、このテキトーな歌。
人のことバカにし過ぎだ!!

そう言ってやりたかったけど、何か言い返されそうだから我慢した。

モヤモヤというかムカムカというか、とにかく負の感情が胸に蓄積され、全身に毒が回っている感じがする。

ヤツのことを完全に無視して急いで顔に付いた生クリームをティッシュでゴシゴシ落とす。

 
若干のベタベタ感が残るが、水は使わない。
いやあな予感がするから。


「よし、キレイになったぁ!」


だ、か、ら

いちいち報告しないで!!


うっとうしいから早く退散しよう。


「キャッ」


体を反転させようとしたら顔面に水が飛んできた。

―――――やられた!


「本当にいい加減にして!!私で遊ばないで!!」

「良かったぁ。はるちゃん、いつも通りだぁ」


いつも通りって、いつもと違ったことしてたっけ?

思考を巡らせたが、思い当たることが無い。





キーンコーンカーンコーン…
キーンコーンカーンコーン…

やばい、授業開始5分前だ。


「帰るよ」

「やったぁ!はるちゃんと並んで帰れる!」

「そんなわけないでしょ。先行って。ダッシュで」

「相変わらずケチだね~、はるちゃん」


ケチでも何とでも言え!!
とにかく、早く行って!!

ヤツがちらちら後ろを振り向きながら去っていくのを見送り、私も駆け出す。


「あっ、晴香ちゃん」


すっと私の隣に実にスマートに並んだのは、香園寺くんだった。

私より背が10センチ以上高い彼は隣に並んでくれるとなんだか安心する。

この安心感は王子の魔法かもしれない。


「なんか晴香ちゃん、顔が強張ってるよ。何かあった?」

「いえ、大丈夫です」


ぎこちない笑顔を彼に送り、視線を外す。


「石澤玄希でしょう?」


さすが、王子。
分かってらっしゃる。


「大丈夫。俺が必ず追い払うから。その代わり…」


えっ…、また?!
また、交換条件?!


「友達になってよ。恋人になってなんて、そんな強引なこと言わないから」




私は…




コクリと頷いた。


「よろしくね、[友達]の晴香ちゃん」 






キーンコーンカーンコーン…
キーンコーンカーンコーン…

あわわわわわわ…――――――。


「チャイムなっちまった!急ごう」


自然と右腕を握られ、そのまま残り数メートルを駆け抜ける。


「コラ~!早く教室入れ!!」


これが青春だ。

やっぱり、青春にはキラキラ王子様が必要だ。

なんかそんなことを思った。
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