HARUKA~始~
第2章 高1の夏、席替え
終わったあ。
長かった試験期間がようやく終わりを告げた。
アルバイトを休み、ただひたすら勉強に勤しんだ2週間。
必死に教科書とワークにかじりついていたから本当にあっという間と言えばあっという間に過ぎていった気もする。
「それじゃあ、席替えを行いま~す」
学級委員長が前に出てきて、何やら準備を始める。
そう言えば試験勉強中も席替えがどうのこうのと例の香園寺ガールズたちが声を潜めあってヒソヒソと話していたような気がする。
席替えということはこの席ともおさらばか…
色々なことがあったなぁと何だか感慨深い。
もしかしたら、過ぎてしまったことは笑えるのかな。
もう、後ろのヤツにツンツンされることも無くなるし、香園寺くんにドキドキハラハラさせられることも無くなる。
解放されるんだ、やっと…
ちらりと後ろを見やるとヤツは糖分摂取のため、棒のキャンディを口にくわえていた。
相当な甘党だ。
まあ、いい。さよならなんだから。
そして隣の王子様を見る。
テストに疲れたのか、席替えをすることに落胆しているのか、理由は分からないけれど、遥か遠くを見つめている。
「では、くじを引いてください。たまには、後ろの人から」
委員長のその一言でくじ引きが始まった。
いつ準備したのか、お菓子が入っていたであろう箱の一部をくり抜いて、その中に40番までの番号が書かれた紙が入れてあるみたい。
これで毎回テスト終わりにくじ引きすることになるのだろう。
クラスメイトが次々とくじを引いて自分の番号と黒板に書かれた番号とを見比べる。
友達と近くになれて喜ぶ生徒、逆に離れ離れになって泣き出す生徒もいた。
席替えごときで一喜一憂できるなんて幸せな人たちだ。
っていうか、私にとっては馬鹿らしい。
席が移動して見える景色が少し変わるだけじゃないか。
そんなことをいちいち気にしていたら、神経がすり減ってしまう。
冷たいと思われるかもしれないけれど、私だって昔はこんなんじゃなかった。
「次、香園寺くん」
わっ。
もうここまで来たの!?
ついに、あと少しで…
というか、私はどうせ残りもの。
「残りものには福がある」ということわざを信じるしかない。
香園寺くんが引き終わって戻ってくる。
でも何も言わずにただ彼の目の前の紙切れを見つめているだけ。
ちらりと横を伺うと………6。
確か、うちのクラスは縦1列6人が5つ、
5人が2つの計40人だから…―――――
廊下から1列、つまりこの列の1番後ろの席だ。
なんとも言えない席…。
角で落ち着くのか、それとも…。
「蒼井さん。最後引いてください」
「あっ…はい」
自分のことはすっかり忘れてしまっていたが、そう言えばまだ引いてなかったんだ。
私は箱の中に残されていた最後の1枚を思いっきり引いた。
番号は………
40!!
「じゃあ、約3ヶ月お世話になった席に別れを告げて、次の席に移動しましょう」
委員長の鶴の一声で大移動が始まった。
机の中に教科書が残っていないかを確認して、席を立った。
そのまま窓側の1番後ろに移動しようとすると、後ろの男にブレザーの裾をつままれた。
顔を上げてヤツを見る。
今まで見たどんな顔よりも辛くて苦しそうだった。
「何?」
親切丁寧に聞いてやっているのにヤツは黙ったままうつむいている。
周りはもう移動が始まって、私が去った席には、まだ話したことの無い男子が座った。
「晴香ちゃんのこと行かせてあげなよ。君の所有物じゃないんだよ」
香園寺くんがわざわざ助けに来てくれた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、晴香ちゃんの隣に居させてもらってありがとう」
私たちの様子を見てますます機嫌を悪くしたのか、ブレザーを握る力が強まる。
コイツ、子どもか…
最後まで呆れる。
「3ヶ月間ありがとう」
私はそれだけ言って、ブレザーからヤツの手を引き離し、新天地へ向かった。
窓側の1番後ろか。
これから夏になるから日差しがガンガン入って紫外線もバンバン浴びることになると思うけど、
青い青い大きな空と真っ白な雲、
緑が目を和ませる木々、
部員たちが汗を流しながら必死に練習をする校庭を見られるから、これ以上の幸せは無い。
素敵な夏の舞台は整った。
「あのー」
「あっ、はい。…って、あれ?あなたは…」
私の目の前の席には、見覚えのある男子が座っていた。記憶の糸を手繰り寄せる。
―――――もしかして、あの時の!?
「ボールをぶつけてしまった男です」
やっぱり。あの時の真面目な彼だ。
というか、同じクラス…同じ学年だったんだ。
大人びて随分しっかりした印象を受けたから、てっきり年上だと思ってた。
「改めまして、関太一です。これから、よろしく」
「私は、蒼井晴香です。よろしくお願いします」
彼はスマートに挨拶を済ませるとさっと前に向き直った。
この俊敏さはサッカー部で鍛えられたのだろう。
また感心させられた。
「あっそうだ!なんて呼んだら良い?」
「こだわり無いので、何でもいいです…」
「じゃあ、晴香ちゃんで。苗字で呼ぶのもなんだし…」
私も関くんには名前で呼んでもらったほうがしっくり来る。
「んじゃあ、俺練習あるから。…また明日」
「あっ…―――また明日」
こんなナチュラルに「また明日」と言えるとは…
恐るべし、関太一。
私の頑丈な心の扉、少しだけ開けた…
「あっ、言い忘れた!」
教室のドアにぶつかる本当に寸前のところで彼は身を翻して
「約束は絶対、守るから」
と爽やかな笑顔を振りまきながら言った。
私はどう反応したら良いか戸惑って、とりあえず笑顔を返した。
不自然じゃなかったかな…
―――――残りものには福がある。
まんざら間違いではないらしい。
私の夏は好スタートを切った。
長かった試験期間がようやく終わりを告げた。
アルバイトを休み、ただひたすら勉強に勤しんだ2週間。
必死に教科書とワークにかじりついていたから本当にあっという間と言えばあっという間に過ぎていった気もする。
「それじゃあ、席替えを行いま~す」
学級委員長が前に出てきて、何やら準備を始める。
そう言えば試験勉強中も席替えがどうのこうのと例の香園寺ガールズたちが声を潜めあってヒソヒソと話していたような気がする。
席替えということはこの席ともおさらばか…
色々なことがあったなぁと何だか感慨深い。
もしかしたら、過ぎてしまったことは笑えるのかな。
もう、後ろのヤツにツンツンされることも無くなるし、香園寺くんにドキドキハラハラさせられることも無くなる。
解放されるんだ、やっと…
ちらりと後ろを見やるとヤツは糖分摂取のため、棒のキャンディを口にくわえていた。
相当な甘党だ。
まあ、いい。さよならなんだから。
そして隣の王子様を見る。
テストに疲れたのか、席替えをすることに落胆しているのか、理由は分からないけれど、遥か遠くを見つめている。
「では、くじを引いてください。たまには、後ろの人から」
委員長のその一言でくじ引きが始まった。
いつ準備したのか、お菓子が入っていたであろう箱の一部をくり抜いて、その中に40番までの番号が書かれた紙が入れてあるみたい。
これで毎回テスト終わりにくじ引きすることになるのだろう。
クラスメイトが次々とくじを引いて自分の番号と黒板に書かれた番号とを見比べる。
友達と近くになれて喜ぶ生徒、逆に離れ離れになって泣き出す生徒もいた。
席替えごときで一喜一憂できるなんて幸せな人たちだ。
っていうか、私にとっては馬鹿らしい。
席が移動して見える景色が少し変わるだけじゃないか。
そんなことをいちいち気にしていたら、神経がすり減ってしまう。
冷たいと思われるかもしれないけれど、私だって昔はこんなんじゃなかった。
「次、香園寺くん」
わっ。
もうここまで来たの!?
ついに、あと少しで…
というか、私はどうせ残りもの。
「残りものには福がある」ということわざを信じるしかない。
香園寺くんが引き終わって戻ってくる。
でも何も言わずにただ彼の目の前の紙切れを見つめているだけ。
ちらりと横を伺うと………6。
確か、うちのクラスは縦1列6人が5つ、
5人が2つの計40人だから…―――――
廊下から1列、つまりこの列の1番後ろの席だ。
なんとも言えない席…。
角で落ち着くのか、それとも…。
「蒼井さん。最後引いてください」
「あっ…はい」
自分のことはすっかり忘れてしまっていたが、そう言えばまだ引いてなかったんだ。
私は箱の中に残されていた最後の1枚を思いっきり引いた。
番号は………
40!!
「じゃあ、約3ヶ月お世話になった席に別れを告げて、次の席に移動しましょう」
委員長の鶴の一声で大移動が始まった。
机の中に教科書が残っていないかを確認して、席を立った。
そのまま窓側の1番後ろに移動しようとすると、後ろの男にブレザーの裾をつままれた。
顔を上げてヤツを見る。
今まで見たどんな顔よりも辛くて苦しそうだった。
「何?」
親切丁寧に聞いてやっているのにヤツは黙ったままうつむいている。
周りはもう移動が始まって、私が去った席には、まだ話したことの無い男子が座った。
「晴香ちゃんのこと行かせてあげなよ。君の所有物じゃないんだよ」
香園寺くんがわざわざ助けに来てくれた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、晴香ちゃんの隣に居させてもらってありがとう」
私たちの様子を見てますます機嫌を悪くしたのか、ブレザーを握る力が強まる。
コイツ、子どもか…
最後まで呆れる。
「3ヶ月間ありがとう」
私はそれだけ言って、ブレザーからヤツの手を引き離し、新天地へ向かった。
窓側の1番後ろか。
これから夏になるから日差しがガンガン入って紫外線もバンバン浴びることになると思うけど、
青い青い大きな空と真っ白な雲、
緑が目を和ませる木々、
部員たちが汗を流しながら必死に練習をする校庭を見られるから、これ以上の幸せは無い。
素敵な夏の舞台は整った。
「あのー」
「あっ、はい。…って、あれ?あなたは…」
私の目の前の席には、見覚えのある男子が座っていた。記憶の糸を手繰り寄せる。
―――――もしかして、あの時の!?
「ボールをぶつけてしまった男です」
やっぱり。あの時の真面目な彼だ。
というか、同じクラス…同じ学年だったんだ。
大人びて随分しっかりした印象を受けたから、てっきり年上だと思ってた。
「改めまして、関太一です。これから、よろしく」
「私は、蒼井晴香です。よろしくお願いします」
彼はスマートに挨拶を済ませるとさっと前に向き直った。
この俊敏さはサッカー部で鍛えられたのだろう。
また感心させられた。
「あっそうだ!なんて呼んだら良い?」
「こだわり無いので、何でもいいです…」
「じゃあ、晴香ちゃんで。苗字で呼ぶのもなんだし…」
私も関くんには名前で呼んでもらったほうがしっくり来る。
「んじゃあ、俺練習あるから。…また明日」
「あっ…―――また明日」
こんなナチュラルに「また明日」と言えるとは…
恐るべし、関太一。
私の頑丈な心の扉、少しだけ開けた…
「あっ、言い忘れた!」
教室のドアにぶつかる本当に寸前のところで彼は身を翻して
「約束は絶対、守るから」
と爽やかな笑顔を振りまきながら言った。
私はどう反応したら良いか戸惑って、とりあえず笑顔を返した。
不自然じゃなかったかな…
―――――残りものには福がある。
まんざら間違いではないらしい。
私の夏は好スタートを切った。