HARUKA~始~
「晴香ちゃん、今日はもう店閉めじゃ」

「分かりました」


お客さんが誰も居なくなり、私はようやく長かった1日を終える。

今日は花火大会特別メニューを販売したため、いつも以上に忙しく、腰がかなり痛い。
曲げるとピキピキと嫌な音がしそうなので、背筋をピンと張ったままほうきを手にし、店の隅にたまった綿ぼこりを履く。


「花火大会なのにこんな遅くまで、本当に大丈夫じゃったか?」

「はい。別に誰とも約束してないので…」


約束させられそうにはなったけど…


あの日のことを思い出し、気分がぐっと重くなった。
まるで、私の心にスポンジがあって、それが水を吸ったかのように…


「晴香ちゃん?」

「あっ…、はい」

「何かあったのかい?」


マスターの目が鋭く、私の心を捕らえた。

何も言えずに黙り込んでいると、
カタン―――と食器が鳴った。

甘くて香ばしい匂いが辺りに漂っている。

顔を上げると、1人分のコーヒーカップが目の前のカウンターに行儀良く置かれていた。


「これを飲んでから帰りなさい。ワシからのささやかなプレゼントじゃ」

「ありがとうございます」


お礼を言うと早速席に着き、一口飲んでみた。
甘くてほろ苦いカプチーノがじんわりと体中に染み渡り、鼻からは芳醇な香りが抜けて心が満たされる。

マスターの優しさに触れ、私はなんだかポカポカした。






ここが私の居場所…






カフェさくらで働けていることに並々ならぬ感謝をしたのだった。
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