HARUKA~始~
「晴香ちゃん、関。来てくれてありがとう!!…では、ライブの成功を祝って…カンパーイ!!」
グラスの打ち合う音が静かな店内に一際大きく鳴り響く。
午後8時15分22秒、クリスマスパーティーが幕を開けた。
「いやあ、香園寺くん、ホントギター上手いね!俺、聞きほれた。音楽とか全然わかんないんだけど、とにかくすごかった!圧倒されたよ」
「今日はギターの鳴りも特別良かったんだよー。来てくれてありがとな」
関くんの褒め言葉シャワーを全身に浴びてすっかり上機嫌になった香園寺くんはシャンメリーをグビグビと一気に飲み干し、お代わりを要求した。
彼の豪快な飲みっぷりに、見た目とのギャップを感じ、私は唖然と見つめていた。
私がぼけっとしているとカタンと目の前に新たなグラスが出現した。
どうやら店員さんが状況を察していたのか、注文からわずか数秒たらずでグラスを運んできたらしい。
「冬真くん、今日はご機嫌がよろしいようで」
「いっつも不機嫌みたいなこと言わないで下さいよー。今日はいつもよりお店に還元できるんですから」
慣れたやりとりが交わされる。
―――――そう
クリスマスパーティーの会場は、私と香園寺くんが初めて2人で訪れた、あのオーガニックの店なのだ。
彼が知っている数あるお店の中でここが選ばれた理由はなんとなく察しがついた。
「晴香ちゃんももっと飲みなよ」
関くんが爽やかスマイルを投げかける。
凍りついた顔が瞬間解凍され、頬がほてる。
照れているのがバレないように、急いでグラスを口に付け、ごくりと一口飲んだ。
炭酸のシュワシュワが空っぽの胃を刺激する。
緊張して収縮した胃が悲鳴を上げていた。
「あっ…あのう、これ」
渡しそびれないように私はバッグから2人にそれぞれ用意したプレゼントを出した。
「えっ、プレゼント?!」
「俺、何も用意してないよ~」
「ダメだな~、関。記念日にプレゼントは必須だぜ。そんなんだと、女の子に嫌われるよ」
「ごめん、晴香ちゃん…。後日お渡しします」
肩を落として小さくなってしまった関くんに私は「大丈夫だよ」と微笑みかける。
香園寺くんは後で渡したいと言って、プレゼントはひとまずお預け。
彼のことだからきっと趣味が良いものを選んでいるに違いない。
少しだけ胸が高鳴った。
「そういやさぁ…、関って、クリスマス、ここにいて良いの?」
「えっ?」
関くんは香園寺くんの言葉に隠されたメッセージを受信できなかったらしく、彼の顔をじっと見つめている。
素直で真面目な関くん。
裏と言うものを知らない。
「いやあ、だから…。クリスマスを一緒に過ごすような仲の人、居ないわけ?」
「一緒に過ごす仲?」
「例えば…―――――彼女とか」
香園寺くんが言葉を砕いて、それとなく諭す。
ようやく意味を理解し、彼は口を開いた。
「ああ、そういうこと。それならご心配無く。俺、サッカーに恋して、サッカーに今1番夢中なんだ。だから彼女は要らないし、例え告白されたとしても、付き合えないな。
俺、サッカーで結果残せればそれで良いんだ。
生身の人間との恋はサッカーへの情熱がなくなった時にしようと思ってる」
――――――パリンッ…
店員さんが皿を割った。
――――――私は、立ち上がった。
「私…今日はもう遅いから帰ります」
バッグと防寒対策グッズ一式を無造作に持って、そのままの勢いで店を抜け出す。
「晴香ちゃん、待って!!」
店から数メートルのところで香園寺くんが私の右腕を力強く掴んだ。
人工的な光がまぶしくて目を細める。
「晴香ちゃん…なんか、ごめんね」
優しい声が逆に私の傷を深める。
でも…
私は彼の手を握ることはできない。
彼は、私だけの王子様じゃないから。
彼が私を好きでいてくれて、私に気を使ってくれているのは有り難い。
けど、そのせいで彼が皆から嫌われていくのは見ていて辛い。
彼には皆に夢や希望を与える王子様であってほしい。
私は、ゆっくりともう一方の手で彼の腕を離した。
「私こそごめんなさい。いろいろ迷惑かけちゃって…」
「そんなことないよ。俺は晴香ちゃんのそばに居られればそれで良いし…。あっ、これ。クリスマスプレゼント」
香園寺くんは私の手に細長いそれを握らせた。
一瞬感じた彼の体温で、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「ありがとうございます」
「晴香ちゃんはやっぱり関が好きなんだね」
唐突に、独り言のように彼はそう呟いた。
私は反射的に俯いた。
ちゃんと言わなきゃ。
私の本当の気持ち。
―――大切な人だから。
―――幸せになってもらいたいから。
―――背負っている重い荷物を下ろしてほしいから。
「好き…じゃないです」
「本当に?」
「今、私の心は何色にも染まってないし、当分染まりません。もちろん…香園寺くんの色にも染まれないです。...ごめんなさい」
言葉を発する度に心に矢が刺さって行く。
痛い。
苦しい。
辛い。
私は結局、誰も笑顔に出来ない。
「謝らなくて良いよ。晴香ちゃんの本当の気持ち聞けて良かった。晴香ちゃんがムリして笑うの分かってたから、正直辛かったんだ。でも、アイツは…」
「アイツ?」
「いや、良いんだ。とにかく、スッキリした!晴香ちゃんの本当の笑顔を引き出してくれるステキな人が現れると良いね」
香園寺くん、
ありがとう
私はあなたのお陰で青春を知ることができました。
これからも、ずっとずっとずーっと王子様で居てください。
それが私の願いです。
香園寺くんへの最後の願い。
どうか神さまに届きますように…
私は、返さなくてはならないものを思い出し、バックを必死にあさり、それを取り出した。
「これ、お返しします」
「えっ?」
「これ以上貰う訳にはいきませんので…」
「いや、これ、俺のじゃないよ」
まさかの展開だった。完全に香園寺くんが私のために貸してくれたのだと思っていた。
じゃあ、一体、誰何だろう?
「見つかると良いね、持ち主」
「はい…」
「じゃあ、今日はゆっくり休んで。心の休息を十分にしなよ。
じゃあ…メリークリスマス」
「メリークリスマス」
香園寺くんは再び店に戻って行った。
彼はこれからどんな顔で関くんと話すんだろう?
どんなことを言うんだろう?
事実を突き付けられた今、彼の心は大声で泣いているだろう。
彼の心労を思うと私は負の感情を吸い込み、ズンと重くなった。
香園寺くんの荷物は、私に別の形で引き継がれてしまった。
荷物が減ることはない。
そして、思わぬ難題を残してクリスマスは過ぎていくらしい。
香園寺くんじゃないとしたら、誰なんだろう?
あの手紙の送り主もわからないし…
ただ確実に言えることは、
誰かが私を見ているということ。
どうか、私を見てくれている人に会えますように…
願い事を一つ追加して、私は夜道を急いだ。
グラスの打ち合う音が静かな店内に一際大きく鳴り響く。
午後8時15分22秒、クリスマスパーティーが幕を開けた。
「いやあ、香園寺くん、ホントギター上手いね!俺、聞きほれた。音楽とか全然わかんないんだけど、とにかくすごかった!圧倒されたよ」
「今日はギターの鳴りも特別良かったんだよー。来てくれてありがとな」
関くんの褒め言葉シャワーを全身に浴びてすっかり上機嫌になった香園寺くんはシャンメリーをグビグビと一気に飲み干し、お代わりを要求した。
彼の豪快な飲みっぷりに、見た目とのギャップを感じ、私は唖然と見つめていた。
私がぼけっとしているとカタンと目の前に新たなグラスが出現した。
どうやら店員さんが状況を察していたのか、注文からわずか数秒たらずでグラスを運んできたらしい。
「冬真くん、今日はご機嫌がよろしいようで」
「いっつも不機嫌みたいなこと言わないで下さいよー。今日はいつもよりお店に還元できるんですから」
慣れたやりとりが交わされる。
―――――そう
クリスマスパーティーの会場は、私と香園寺くんが初めて2人で訪れた、あのオーガニックの店なのだ。
彼が知っている数あるお店の中でここが選ばれた理由はなんとなく察しがついた。
「晴香ちゃんももっと飲みなよ」
関くんが爽やかスマイルを投げかける。
凍りついた顔が瞬間解凍され、頬がほてる。
照れているのがバレないように、急いでグラスを口に付け、ごくりと一口飲んだ。
炭酸のシュワシュワが空っぽの胃を刺激する。
緊張して収縮した胃が悲鳴を上げていた。
「あっ…あのう、これ」
渡しそびれないように私はバッグから2人にそれぞれ用意したプレゼントを出した。
「えっ、プレゼント?!」
「俺、何も用意してないよ~」
「ダメだな~、関。記念日にプレゼントは必須だぜ。そんなんだと、女の子に嫌われるよ」
「ごめん、晴香ちゃん…。後日お渡しします」
肩を落として小さくなってしまった関くんに私は「大丈夫だよ」と微笑みかける。
香園寺くんは後で渡したいと言って、プレゼントはひとまずお預け。
彼のことだからきっと趣味が良いものを選んでいるに違いない。
少しだけ胸が高鳴った。
「そういやさぁ…、関って、クリスマス、ここにいて良いの?」
「えっ?」
関くんは香園寺くんの言葉に隠されたメッセージを受信できなかったらしく、彼の顔をじっと見つめている。
素直で真面目な関くん。
裏と言うものを知らない。
「いやあ、だから…。クリスマスを一緒に過ごすような仲の人、居ないわけ?」
「一緒に過ごす仲?」
「例えば…―――――彼女とか」
香園寺くんが言葉を砕いて、それとなく諭す。
ようやく意味を理解し、彼は口を開いた。
「ああ、そういうこと。それならご心配無く。俺、サッカーに恋して、サッカーに今1番夢中なんだ。だから彼女は要らないし、例え告白されたとしても、付き合えないな。
俺、サッカーで結果残せればそれで良いんだ。
生身の人間との恋はサッカーへの情熱がなくなった時にしようと思ってる」
――――――パリンッ…
店員さんが皿を割った。
――――――私は、立ち上がった。
「私…今日はもう遅いから帰ります」
バッグと防寒対策グッズ一式を無造作に持って、そのままの勢いで店を抜け出す。
「晴香ちゃん、待って!!」
店から数メートルのところで香園寺くんが私の右腕を力強く掴んだ。
人工的な光がまぶしくて目を細める。
「晴香ちゃん…なんか、ごめんね」
優しい声が逆に私の傷を深める。
でも…
私は彼の手を握ることはできない。
彼は、私だけの王子様じゃないから。
彼が私を好きでいてくれて、私に気を使ってくれているのは有り難い。
けど、そのせいで彼が皆から嫌われていくのは見ていて辛い。
彼には皆に夢や希望を与える王子様であってほしい。
私は、ゆっくりともう一方の手で彼の腕を離した。
「私こそごめんなさい。いろいろ迷惑かけちゃって…」
「そんなことないよ。俺は晴香ちゃんのそばに居られればそれで良いし…。あっ、これ。クリスマスプレゼント」
香園寺くんは私の手に細長いそれを握らせた。
一瞬感じた彼の体温で、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「ありがとうございます」
「晴香ちゃんはやっぱり関が好きなんだね」
唐突に、独り言のように彼はそう呟いた。
私は反射的に俯いた。
ちゃんと言わなきゃ。
私の本当の気持ち。
―――大切な人だから。
―――幸せになってもらいたいから。
―――背負っている重い荷物を下ろしてほしいから。
「好き…じゃないです」
「本当に?」
「今、私の心は何色にも染まってないし、当分染まりません。もちろん…香園寺くんの色にも染まれないです。...ごめんなさい」
言葉を発する度に心に矢が刺さって行く。
痛い。
苦しい。
辛い。
私は結局、誰も笑顔に出来ない。
「謝らなくて良いよ。晴香ちゃんの本当の気持ち聞けて良かった。晴香ちゃんがムリして笑うの分かってたから、正直辛かったんだ。でも、アイツは…」
「アイツ?」
「いや、良いんだ。とにかく、スッキリした!晴香ちゃんの本当の笑顔を引き出してくれるステキな人が現れると良いね」
香園寺くん、
ありがとう
私はあなたのお陰で青春を知ることができました。
これからも、ずっとずっとずーっと王子様で居てください。
それが私の願いです。
香園寺くんへの最後の願い。
どうか神さまに届きますように…
私は、返さなくてはならないものを思い出し、バックを必死にあさり、それを取り出した。
「これ、お返しします」
「えっ?」
「これ以上貰う訳にはいきませんので…」
「いや、これ、俺のじゃないよ」
まさかの展開だった。完全に香園寺くんが私のために貸してくれたのだと思っていた。
じゃあ、一体、誰何だろう?
「見つかると良いね、持ち主」
「はい…」
「じゃあ、今日はゆっくり休んで。心の休息を十分にしなよ。
じゃあ…メリークリスマス」
「メリークリスマス」
香園寺くんは再び店に戻って行った。
彼はこれからどんな顔で関くんと話すんだろう?
どんなことを言うんだろう?
事実を突き付けられた今、彼の心は大声で泣いているだろう。
彼の心労を思うと私は負の感情を吸い込み、ズンと重くなった。
香園寺くんの荷物は、私に別の形で引き継がれてしまった。
荷物が減ることはない。
そして、思わぬ難題を残してクリスマスは過ぎていくらしい。
香園寺くんじゃないとしたら、誰なんだろう?
あの手紙の送り主もわからないし…
ただ確実に言えることは、
誰かが私を見ているということ。
どうか、私を見てくれている人に会えますように…
願い事を一つ追加して、私は夜道を急いだ。