HARUKA~始~
「わあ…きれい…」
「きれいでしょお?はるちゃんに絶対見せたかったんだぁ」
コイツのくせに、やけにロマンチック。
ニュータウンの高台から見える夜景は私が見てきたどんな夜よりも美しく輝いて見えた。
それでいて、街の灯りは少し切なげ。
追い討ちをかけるように粉雪が儚く舞い降りてくる。
こんな風に夜景が複雑な感情を伴って見えてしまうのは、きっと私の屈折した心のせいだ。
ふと視線をずらす。
ヤツは夜景に見入っているように見せかけて、遠くの方を見ていた。
やっぱり分かるようで分からない。
掴めない。1番近くにいるのに。
っていうか、勝手に近寄ってくるんだけど。
「はるちゃん、クリスマス楽しい?」
「別に…」
「素直になりなよぉ」
「素直も何も、率直な感想」
左から視線を感じる。
―――見るな、晴香。
コイツに盗まれてどうする。
私の初めてはもっとイケメンじゃなきゃ。
変に身構えていたら、ヤツに笑われた。
「はるちゃん、おもしろ~い」
「人の顔見て笑うとか、失礼すぎ」
ヤツは益々面白がって笑う。
私はアンタみたいに笑えないよ。
他人の悲しみや苦しみを吸収して笑顔に変えて生きているアンタみたいに私は優しくない。
「はい、はるちゃん。プレゼント」
ヤツはどこにしまっていたのか、白い箱を差し出してきた。
形状からして中身は察しがつく。
「要らない」
「なんでぇ。おれの手作りだよぉ」
「ああ、益々要らなくなった。その不衛生な手で作られたのかと思うと気持ち悪くて食べられない」
「ひどお。愛情込めて作ったのにぃ。不衛生とか言われてショックぅ。倒れちゃうよぉ」
「倒れて凍え死ぬかもね~」
「それ、本気で言ってるぅ?」
「さあ、どうでしょ?」
アンタが先に笑ったんだ。
私にだってバカにする権利有るでしょう?
心の中に住み着く小悪魔が出現し、ヤツに襲いかかる。
私は仕方なくヤツのプレゼントを受け取り、自分が持っていた、マスターからいただいたケーキをあげた。
「やったあ、ケーキだぁ!!もしかして…」
「いや、作ってない。知り合いのおじさんから貰ったの」
知り合いのおじさん…
苦い薬を飲んだ後のように、いやなあの感じが口に残った。
…ごめんなさい、マスター。
本当はそんなことこれっぽっちも思ってません。
心の中でしきりに謝った。
「食べて良い?」
「好きにすれば?」
「じゃあ、はるちゃんも食べよぉ」
「私、食べるなんて言ってないし」
そう言ってそっぽを向いていると、ヤツがゴソゴソ箱を開けだし、中に入っていた美味しそうなチョコレートケーキを無我夢中で頬張る。
「おいしい~!しあわせ~!」
「それは良かったですねえ」
甘い匂いが鼻を刺激する。
ああ、食べたい。
私も食べたくなってきた。
止めて。
あっちに行ってくれ。
「は~るちゃん」
ヤツの呼びかけに振り返ると、口にフォークを突っ込まれた。
口の中に忘れかけていた感覚が蘇る。
う、うん?
これは…
「…おいしい。これ、おいしい!」
感動。
今までのケーキがまるで偽物のように感じるほど衝撃的な美味しさ。
甘いながらもほろ苦さがあって、チョコレートが練り込まれたスポンジが口の中からすっと消えていった。
生クリームも甘過ぎず、いくらでも食べられちゃう。
「ちなみにぃ、今のはおれの自信作で~す」
―――――げ、いつの間に?!
また1本取られた…
「はるちゃんに喜んでもらえて嬉しい!さあさ、どんどんお食べなさいなぁ。こっちはショートケーキ、こっちはシュトーレンって言って、何日間もかけて食べるドイツ伝統のお菓子だよぉ」
「そんなに食べられない。私を太らせたいの?」
「太っても、はるちゃんは、はるちゃんだから」
仕方無い。
食べてやるか…
私は今度は自分の手で二口目を口にする。
やっぱり、残念なことにヤツのケーキはおいしかった。
しばらく私たちはゆっくり黙々と夜景を見ながらそれぞれのケーキを食べた。
子どもたちはみんな眠っただろうか。
街の灯りがポツポツと消えて行く。
遠くに見える観覧車はクリスマスカラーにライトアップされているみたいで、とてもきれい。
香園寺くんとのドキドキの半日デートを思い出し、一瞬フォークを落としそうになった。
夜空にはサンタクロースも真っ赤な鼻のトナカイもいない。
それにしても、冬の夜空はいつ見ても星がいっぱいだ。
私の大切な人は見ているだろうか。
私は見ているよ。
こうしていつも空を見上げて、あなたを忘れないように、ずっと見ているよ。
クリスマスくらい戻って来てよ。
なんて、決して届かない思いを空に馳せる。
少しでも良いから、届いてほしい。
気づいて、手を振ってほしい。
「晴香」って呼んで、優しく抱きしめてほしい。
届かないのかな…
「はるちゃん」
ケーキを食べ終えてフォークを置いた直後、ヤツはエナジーチャージを完了させ、前回の10倍、いや100倍の力で私を抱きしめた。
「はるちゃんにこうやって触れるの、ホントは怖いんだよぉ。でもね、はるちゃんが自分を見失って、ここからいなくならないように、ちゃんと抱きしめてあげなきゃって思うんだぁ」
コイツ…
急に…
急になにを言い出すの…
「今日は、はるちゃんと2人きりで過ごす最初で最後のクリスマス。だから、ちょっと強引だけど、最後まで付き合ってねぇ」
最初で最後のクリスマス?
どういうこと?
コイツ、死ぬの?
余命わずかのかわいそうな高校生?
疑問が頭を覆い尽くし、混乱して何も口に出せない。
ただただ、ヤツにされるがまま、しばらく大人しくしている。
抵抗しても良いんだけど、なんかヤツの様子が妙なんだ。
明らかに元気ないし、笑わないで真剣だし、どうせ最初で最後の願いなのだから聞いてあげようと、ここに来て心の中の天使がようやく動き出す。
カチカチカチカチ…
腕時計の秒針が一定のリズムを崩すこと無く正確に時を刻む。
「カウントダウン、スタート」
―――――えっ?
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ…
ゴーン、ゴーン、ゴーン…
街の時計台の鐘が鳴った。
荘厳な音が街中に響き渡る。
「かいほぉ」
パッと体を引き離されてびっくりして、後ろにつんのめる。
「一体、何?」
「12月25日が終わったから解放してあげたの、はるちゃんのこと。だから、もう自由にして良いよ。もちろん、帰ってオーケーだよぉ」
「あっ、そう。じゃ、帰るね」
極端な行動に呆れて、首を捻りながらも、とりあえず歩き出す。
「駅まで送って行くよぉ」
「ああ、大丈夫、大丈夫。解放されたからウキウキして1人で帰ります」
「分かったぁ。じゃあ気をつけて。グッナイ、はるちゃん」
「はい、バイバイ」
私がヤツをたしなめて、いつものように別れる。
でも、何か、どこか引っかかる。
ヤツの真剣な顔、伝わってきた温度、聞こえてきた心臓の音…
いつも通り、じゃない気がした。
なのに結局私は振り返らなかった。
一度も…
そして一度もヤツを真っ直ぐ見なかった。
それが最終的にどうなるかなんてその時の私は知らない。
ただ、見てほしいと光る星に目を向けないのは決して良いことじゃない。
逃げてることと一緒だ。
気づかないふりして、自分に負担が増えたり、自分が傷ついたりするのが怖いだけだ。
それだけは確かなこと。
それだけは言える。
午前0時22分13秒。
最終電車に終点は無い。
「きれいでしょお?はるちゃんに絶対見せたかったんだぁ」
コイツのくせに、やけにロマンチック。
ニュータウンの高台から見える夜景は私が見てきたどんな夜よりも美しく輝いて見えた。
それでいて、街の灯りは少し切なげ。
追い討ちをかけるように粉雪が儚く舞い降りてくる。
こんな風に夜景が複雑な感情を伴って見えてしまうのは、きっと私の屈折した心のせいだ。
ふと視線をずらす。
ヤツは夜景に見入っているように見せかけて、遠くの方を見ていた。
やっぱり分かるようで分からない。
掴めない。1番近くにいるのに。
っていうか、勝手に近寄ってくるんだけど。
「はるちゃん、クリスマス楽しい?」
「別に…」
「素直になりなよぉ」
「素直も何も、率直な感想」
左から視線を感じる。
―――見るな、晴香。
コイツに盗まれてどうする。
私の初めてはもっとイケメンじゃなきゃ。
変に身構えていたら、ヤツに笑われた。
「はるちゃん、おもしろ~い」
「人の顔見て笑うとか、失礼すぎ」
ヤツは益々面白がって笑う。
私はアンタみたいに笑えないよ。
他人の悲しみや苦しみを吸収して笑顔に変えて生きているアンタみたいに私は優しくない。
「はい、はるちゃん。プレゼント」
ヤツはどこにしまっていたのか、白い箱を差し出してきた。
形状からして中身は察しがつく。
「要らない」
「なんでぇ。おれの手作りだよぉ」
「ああ、益々要らなくなった。その不衛生な手で作られたのかと思うと気持ち悪くて食べられない」
「ひどお。愛情込めて作ったのにぃ。不衛生とか言われてショックぅ。倒れちゃうよぉ」
「倒れて凍え死ぬかもね~」
「それ、本気で言ってるぅ?」
「さあ、どうでしょ?」
アンタが先に笑ったんだ。
私にだってバカにする権利有るでしょう?
心の中に住み着く小悪魔が出現し、ヤツに襲いかかる。
私は仕方なくヤツのプレゼントを受け取り、自分が持っていた、マスターからいただいたケーキをあげた。
「やったあ、ケーキだぁ!!もしかして…」
「いや、作ってない。知り合いのおじさんから貰ったの」
知り合いのおじさん…
苦い薬を飲んだ後のように、いやなあの感じが口に残った。
…ごめんなさい、マスター。
本当はそんなことこれっぽっちも思ってません。
心の中でしきりに謝った。
「食べて良い?」
「好きにすれば?」
「じゃあ、はるちゃんも食べよぉ」
「私、食べるなんて言ってないし」
そう言ってそっぽを向いていると、ヤツがゴソゴソ箱を開けだし、中に入っていた美味しそうなチョコレートケーキを無我夢中で頬張る。
「おいしい~!しあわせ~!」
「それは良かったですねえ」
甘い匂いが鼻を刺激する。
ああ、食べたい。
私も食べたくなってきた。
止めて。
あっちに行ってくれ。
「は~るちゃん」
ヤツの呼びかけに振り返ると、口にフォークを突っ込まれた。
口の中に忘れかけていた感覚が蘇る。
う、うん?
これは…
「…おいしい。これ、おいしい!」
感動。
今までのケーキがまるで偽物のように感じるほど衝撃的な美味しさ。
甘いながらもほろ苦さがあって、チョコレートが練り込まれたスポンジが口の中からすっと消えていった。
生クリームも甘過ぎず、いくらでも食べられちゃう。
「ちなみにぃ、今のはおれの自信作で~す」
―――――げ、いつの間に?!
また1本取られた…
「はるちゃんに喜んでもらえて嬉しい!さあさ、どんどんお食べなさいなぁ。こっちはショートケーキ、こっちはシュトーレンって言って、何日間もかけて食べるドイツ伝統のお菓子だよぉ」
「そんなに食べられない。私を太らせたいの?」
「太っても、はるちゃんは、はるちゃんだから」
仕方無い。
食べてやるか…
私は今度は自分の手で二口目を口にする。
やっぱり、残念なことにヤツのケーキはおいしかった。
しばらく私たちはゆっくり黙々と夜景を見ながらそれぞれのケーキを食べた。
子どもたちはみんな眠っただろうか。
街の灯りがポツポツと消えて行く。
遠くに見える観覧車はクリスマスカラーにライトアップされているみたいで、とてもきれい。
香園寺くんとのドキドキの半日デートを思い出し、一瞬フォークを落としそうになった。
夜空にはサンタクロースも真っ赤な鼻のトナカイもいない。
それにしても、冬の夜空はいつ見ても星がいっぱいだ。
私の大切な人は見ているだろうか。
私は見ているよ。
こうしていつも空を見上げて、あなたを忘れないように、ずっと見ているよ。
クリスマスくらい戻って来てよ。
なんて、決して届かない思いを空に馳せる。
少しでも良いから、届いてほしい。
気づいて、手を振ってほしい。
「晴香」って呼んで、優しく抱きしめてほしい。
届かないのかな…
「はるちゃん」
ケーキを食べ終えてフォークを置いた直後、ヤツはエナジーチャージを完了させ、前回の10倍、いや100倍の力で私を抱きしめた。
「はるちゃんにこうやって触れるの、ホントは怖いんだよぉ。でもね、はるちゃんが自分を見失って、ここからいなくならないように、ちゃんと抱きしめてあげなきゃって思うんだぁ」
コイツ…
急に…
急になにを言い出すの…
「今日は、はるちゃんと2人きりで過ごす最初で最後のクリスマス。だから、ちょっと強引だけど、最後まで付き合ってねぇ」
最初で最後のクリスマス?
どういうこと?
コイツ、死ぬの?
余命わずかのかわいそうな高校生?
疑問が頭を覆い尽くし、混乱して何も口に出せない。
ただただ、ヤツにされるがまま、しばらく大人しくしている。
抵抗しても良いんだけど、なんかヤツの様子が妙なんだ。
明らかに元気ないし、笑わないで真剣だし、どうせ最初で最後の願いなのだから聞いてあげようと、ここに来て心の中の天使がようやく動き出す。
カチカチカチカチ…
腕時計の秒針が一定のリズムを崩すこと無く正確に時を刻む。
「カウントダウン、スタート」
―――――えっ?
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ…
ゴーン、ゴーン、ゴーン…
街の時計台の鐘が鳴った。
荘厳な音が街中に響き渡る。
「かいほぉ」
パッと体を引き離されてびっくりして、後ろにつんのめる。
「一体、何?」
「12月25日が終わったから解放してあげたの、はるちゃんのこと。だから、もう自由にして良いよ。もちろん、帰ってオーケーだよぉ」
「あっ、そう。じゃ、帰るね」
極端な行動に呆れて、首を捻りながらも、とりあえず歩き出す。
「駅まで送って行くよぉ」
「ああ、大丈夫、大丈夫。解放されたからウキウキして1人で帰ります」
「分かったぁ。じゃあ気をつけて。グッナイ、はるちゃん」
「はい、バイバイ」
私がヤツをたしなめて、いつものように別れる。
でも、何か、どこか引っかかる。
ヤツの真剣な顔、伝わってきた温度、聞こえてきた心臓の音…
いつも通り、じゃない気がした。
なのに結局私は振り返らなかった。
一度も…
そして一度もヤツを真っ直ぐ見なかった。
それが最終的にどうなるかなんてその時の私は知らない。
ただ、見てほしいと光る星に目を向けないのは決して良いことじゃない。
逃げてることと一緒だ。
気づかないふりして、自分に負担が増えたり、自分が傷ついたりするのが怖いだけだ。
それだけは確かなこと。
それだけは言える。
午前0時22分13秒。
最終電車に終点は無い。