HARUKA~始~
香園寺くんを見送り、下駄箱から靴を出そうとしていると、階段から忙しい足音が聞こえてきた。
懐かしくて、切ないその音…
私は黙ってその音が近づくのを待った。
「晴香ちゃん!遅くなってごめん。―――――これ、プレゼント…」
昇降口に彼の声が響き渡る。
いつも元気で明るくて爽やかで、サッカー部のエース。
周りをしっかり見て、みんなに指示を出してまとめることが出来る。
そして、約束は必ず守る、有言実行タイプの彼。
今日もまた約束を律儀に守る。
「気に入ってくれると嬉しいんだけど…」
「関くんが選んだものなら何でも嬉しいよ。ありがとう。大事にするね」
笑うとチクリと針が刺さった。
まだ痛みは消えてない。
だけど、いつかこの経験が思い出になって笑えると良いな…
「じゃあ、俺練習あるから。去年は優勝逃したけど、今年こそは優勝するから!」
「うん、頑張ってね」
彼に負けないくらいとびきりの笑顔を作って、彼を送り出した。
チーターのような瞬足は今日も健在。
頑張ってね、私に勇気をくれた人…
私が人生で2番目に好きになった人…
彼は今日も群青色のTシャツを着て勢いよくグランドに駆け出して行った。
カシャカシャ…
「あらやだ~、蒼井ちゃんじゃん」
至近距離まで近寄って来たのはもちろん彼女。
ジロジロと私の顔を見回す。
「なんか、可愛くなったね~。私が見ないうちに…。まあ、私には適わないけどね~」
皮肉たっぷりに近寄ってきたのは、八千草ちゃん。
私の秘密を握っている彼女。
イジメが発覚して、私の秘密を先生たちに告げ口して対抗してくるのかと思ったけど、そんなことはしなかった。
彼女にはまだ優しさがあるみたい。
私はそれを知ることができてちょっぴり安心。
今年に入って、自宅謹慎から解放された彼女は、勉強に追いつくため自習室に通い詰めていた。
そこで彼氏をゲットしたらしいと、これも風の噂で聞いた。
それなのに、やっぱり関くんは特別なのか、今でも密かに追っている。
「そういやさあ、新妻さん、あのヘラヘラ男と付き合い始めたって聞いたんだけど、蒼井ちゃん、大丈夫なの?」
これは初耳だった。
一瞬ドキッとしたけど、もともとそうなることを望んでいた私にとっては、万々歳の報告。
これでようやく本当に解放される。
クラス、離れますように…
「大丈夫っていうか、むしろ嬉しいよ。私の負担減るし、これで自由になれるから」
「そうなの?なんか、2人お似合いだったのに、つまんない」
八千草ちゃんにふてくされられるが、私は地獄を回避できたことの喜びで胸が躍っているため、全く気にならない。
神様がようやく私の味方をしてくれたんだ。
「あのヘラヘラ男、最後の1週間、アメリカにぶっ飛んだし、マジ意味不明だわ~。身内の不幸って、アメリカ人に身内居るわけ?うそくさ」
そんなの私には関係ない。
悪縁を断ち切れてとにかく私はハッピーなのだ。
「じゃあ、私帰るね。バイバ~イ」
「じゃあね」
私は軽く手を振る。
イジメた人とイジメられた人…
見えない壁は少しだけ薄くなった。
完全に許したとは言えないし、この先許せるかどうか分からない。
もうこんなことが起こってほしくない。
だから私にはイジメの犠牲者がこれ以上増えないよう祈り続けるしかない。
それがイジメの当事者である私にできること。
八千草ちゃんには忘れないでほしい。
イジメたらイジメた分だけ返ってくるということを。
イジメは痛みしか与えないということを。
誰も幸せにはなれないということを…
「あっ、そうだ」
八千草ちゃんが戻ってくる。
「今までごめんなさい。私、自分のことばっかで、周りのこと見えてなかった。ホント、ごめん…」
「関くん…」
「えっ?」
「関くんみたいになりなよ。周りのことちゃんとみえるように」
八千草ちゃんは目を見張った。
私の口から関くんが出てくると思っていなかったらしい。
「わかった。そうするよ。今まで散々追いかけ回したのに1番大事なこと見えてなかったんだね。私、バカだ」
バカじゃないよ。
口まででかかったけど、言うのは止めた。
私の意地とプライドが許さなかった。
まだ信用しきらないで、と心の中に住み着くもう1人の私の声が聞こえた。
「じゃあ、今度こそ、バイバイ」
私は再び小さく手を振り、彼女が去るのを黙って見ていた。
いつか彼女が素敵な写真を撮って私の心を揺さぶったら、その時が許す時だ。
それまで私は彼女を許さず、遠くから見守ろう。
彼女と笑いあえる日を信じて…
上履きを脱いで、履き潰したスニーカーを放り投げる。
そろそろ新しい靴を買わないとなぁと思いながら昇降口を後にした。
懐かしくて、切ないその音…
私は黙ってその音が近づくのを待った。
「晴香ちゃん!遅くなってごめん。―――――これ、プレゼント…」
昇降口に彼の声が響き渡る。
いつも元気で明るくて爽やかで、サッカー部のエース。
周りをしっかり見て、みんなに指示を出してまとめることが出来る。
そして、約束は必ず守る、有言実行タイプの彼。
今日もまた約束を律儀に守る。
「気に入ってくれると嬉しいんだけど…」
「関くんが選んだものなら何でも嬉しいよ。ありがとう。大事にするね」
笑うとチクリと針が刺さった。
まだ痛みは消えてない。
だけど、いつかこの経験が思い出になって笑えると良いな…
「じゃあ、俺練習あるから。去年は優勝逃したけど、今年こそは優勝するから!」
「うん、頑張ってね」
彼に負けないくらいとびきりの笑顔を作って、彼を送り出した。
チーターのような瞬足は今日も健在。
頑張ってね、私に勇気をくれた人…
私が人生で2番目に好きになった人…
彼は今日も群青色のTシャツを着て勢いよくグランドに駆け出して行った。
カシャカシャ…
「あらやだ~、蒼井ちゃんじゃん」
至近距離まで近寄って来たのはもちろん彼女。
ジロジロと私の顔を見回す。
「なんか、可愛くなったね~。私が見ないうちに…。まあ、私には適わないけどね~」
皮肉たっぷりに近寄ってきたのは、八千草ちゃん。
私の秘密を握っている彼女。
イジメが発覚して、私の秘密を先生たちに告げ口して対抗してくるのかと思ったけど、そんなことはしなかった。
彼女にはまだ優しさがあるみたい。
私はそれを知ることができてちょっぴり安心。
今年に入って、自宅謹慎から解放された彼女は、勉強に追いつくため自習室に通い詰めていた。
そこで彼氏をゲットしたらしいと、これも風の噂で聞いた。
それなのに、やっぱり関くんは特別なのか、今でも密かに追っている。
「そういやさあ、新妻さん、あのヘラヘラ男と付き合い始めたって聞いたんだけど、蒼井ちゃん、大丈夫なの?」
これは初耳だった。
一瞬ドキッとしたけど、もともとそうなることを望んでいた私にとっては、万々歳の報告。
これでようやく本当に解放される。
クラス、離れますように…
「大丈夫っていうか、むしろ嬉しいよ。私の負担減るし、これで自由になれるから」
「そうなの?なんか、2人お似合いだったのに、つまんない」
八千草ちゃんにふてくされられるが、私は地獄を回避できたことの喜びで胸が躍っているため、全く気にならない。
神様がようやく私の味方をしてくれたんだ。
「あのヘラヘラ男、最後の1週間、アメリカにぶっ飛んだし、マジ意味不明だわ~。身内の不幸って、アメリカ人に身内居るわけ?うそくさ」
そんなの私には関係ない。
悪縁を断ち切れてとにかく私はハッピーなのだ。
「じゃあ、私帰るね。バイバ~イ」
「じゃあね」
私は軽く手を振る。
イジメた人とイジメられた人…
見えない壁は少しだけ薄くなった。
完全に許したとは言えないし、この先許せるかどうか分からない。
もうこんなことが起こってほしくない。
だから私にはイジメの犠牲者がこれ以上増えないよう祈り続けるしかない。
それがイジメの当事者である私にできること。
八千草ちゃんには忘れないでほしい。
イジメたらイジメた分だけ返ってくるということを。
イジメは痛みしか与えないということを。
誰も幸せにはなれないということを…
「あっ、そうだ」
八千草ちゃんが戻ってくる。
「今までごめんなさい。私、自分のことばっかで、周りのこと見えてなかった。ホント、ごめん…」
「関くん…」
「えっ?」
「関くんみたいになりなよ。周りのことちゃんとみえるように」
八千草ちゃんは目を見張った。
私の口から関くんが出てくると思っていなかったらしい。
「わかった。そうするよ。今まで散々追いかけ回したのに1番大事なこと見えてなかったんだね。私、バカだ」
バカじゃないよ。
口まででかかったけど、言うのは止めた。
私の意地とプライドが許さなかった。
まだ信用しきらないで、と心の中に住み着くもう1人の私の声が聞こえた。
「じゃあ、今度こそ、バイバイ」
私は再び小さく手を振り、彼女が去るのを黙って見ていた。
いつか彼女が素敵な写真を撮って私の心を揺さぶったら、その時が許す時だ。
それまで私は彼女を許さず、遠くから見守ろう。
彼女と笑いあえる日を信じて…
上履きを脱いで、履き潰したスニーカーを放り投げる。
そろそろ新しい靴を買わないとなぁと思いながら昇降口を後にした。