レストラン化物堂 ~人と化物の間、取り持ちます~
第一話 河童のジューンブライド

レストラン化物堂

 昨夜までぱらぱらと降っていた雨も上がり、店の前の地面も乾きつつありました。私は、立て看板を店内から持ち出して、それから大きく伸びをします。

「んー、いい天気だ!」

 立て看板にはチョークで書かれた本日のおすすめメニューと、『レストラン化物堂』という文字が躍っています。これは私が書いたのです、当番でしたから。少し歪んでいるのはご愛嬌です。

 私が着ているのは振袖に女袴に編み上げブーツ――俗に言うハイカラさんというやつです。ただ、忘れちゃいけないのはそれに加えて白のエプロンをつけているということ。

 そう、私はこのレストランで女給のアルバイトをしているのです。

 私の名前は割下よだか、16歳。割と不真面目な高校一年生。とある理由でこのレストランにお世話になっているのですが――

「遅いぞ、よだか!」

 店内に戻った私の前に、一人の少女が立ちふさがりました。少女はセーラー服に白エプロンというちぐはぐな格好をしています。背は私よりも小さく、年齢も私より低く見えました。そう、ちょうど中学二年生ぐらいの。

「早くしなければ開店時間になってしまうじゃろう!」

 だけど少女は腰に手を当てて、偉そうに私を叱りつけるのです。

 それもそのはず。彼女は見た目に反して私よりずっと年上で、このレストランのアルバイトとしても先輩にあたる方なのです。

 彼女の名前は狐火桜子。これまた、とある理由でこのレストランに身を寄せている方のうちの一人です。

「さあ、さっさと机を拭く! それが終わったら床掃除じゃぞ!」

「はあい、分かりました分かりましたー」

「なんじゃそのやる気のない声は! もっとシャキッとせんか!」

 ぷんぷん怒りながらも、桜子先輩はてきぱきと自分の仕事に手を付けていきます。さすがはベテランアルバイトです。

 木製のシックな机の表面を、適当に撫でるように拭いていきます。勿論、四角には拭きません。丸くぐるぐる拭くのです。面倒ですから。

 それを繰り返すうちに、やがてそうやって丸く拭くのすら面倒になってきた私は、人差し指をぴんと立てて作業をショートカットしようとしました。しかしその時、

「よだか」

 平坦な声で名前を呼ばれて、私はぴたりと動きを止めました。振り向くと、カッターシャツにベストを着た給仕姿の青年がじとっとこちらを見つめていました。目は口ほどに物を言うというのはまさにこのことでしょう。私はヒエッと肩を跳ね上げると、机を拭く作業に戻りました。

 彼の名前は椿屋冬吾。レストランで働く同僚の一人です。性格は無口で無愛想。だけど腹が立つほどのイケメンなので、お客様への受けは非常にいいのです。腹が立ちますが。

 桜子先輩と椿屋先輩は、すぐにサボる私のいわゆるお目付け役を言い渡されていました。そしてそうやって二人に指示したのが――

「…………」

 カウンターの向こうで黙って皿を洗う店長なのです。店長の見た目は特徴的で、まず何よりも目が行くのがその髪型。頭頂部には髪の毛の一本も生えておらず――いわゆるスキンヘッドというやつです。

 それに加えて、190センチはあろうかという高身長、小動物なら射殺せそうな鋭い目つき、椿屋先輩にも増して無口で無愛想な性格が組み合わさっているのでもう大変。

 外を歩けば犬に威嚇され、猫に逃げられ、子供のお客様には号泣される。大人が見たって、どう見てもヤクザにしか見えないのですから仕方ないと言えば仕方ありません。

 まあ、中身はこんな不真面目な私でも雇ってくれているぐらいには、いいおじさんなのですが。
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