レストラン化物堂 ~人と化物の間、取り持ちます~
「いらっしゃいませ」
私たちがレストランに戻ってから15分も経たないうちに、美奈さんと兵助さんは来店しました。私たちは手筈通り、予約席に二人をご案内します。
兵助さんはがちがちに緊張しているようです。当然といえば当然かもしれません。兵助さんはこれから愛の告白――とまではいかないかもしれませんが、とにかくこれからも友人関係を続けていくための言質までは取らないといけないのです。
「お待たせしました。きゅうりとホールトマトの冷製パスタでございます」
店長が二人のところに料理を運んでいきます。それにしても渋い声です。店長の声だなんて久々に聞いた気がします。
今日のメニューは二人のために店長が作ったものです。
細めのパスタにワインビネガーをつかったタレを絡め、ホールトマトを潰したものに塩コショウをかけたものを乗せています。それに加えて、ごまだれのかかった豚肉、錦糸卵ときゅうりの細切りも乗せられており、上からは白めの酸っぱめのビネガー入りのソースがかかっています。
きゅうりが使われているのは、兵助さんの好みに合わせ、緊張を解こうという店長のはからいなのでしょう。
二人はぽつりぽつりと会話をしながら食事を口に運んでいきます。兵助さんは一口目を食べた時にとても嬉しそうな顔をしていたので相当美味しいのでしょう。ですが、ここは我慢です。あまりがっついては美奈さんに引かれてしまいますからね。
そうしてランチを食べ終わり、運ばれてきた食後のジュースを半分ほど飲んだあたりで、兵助さんは切り出しました。
「美奈さん! あの、今日はありがとうございました!」
思った以上に大きな声になってしまい、周りのお客様が何事かと兵助さんの方を振り返ります。しかし美奈さんはそれを機にした様子もなく、兵助さんに笑いかけました。
「こちらこそ。楽しかったです」
兵助さんは俯いたままでしたが、遠目でも分かるほど赤面しているようでした。私たちはキッチンの方から密かに兵助さんを応援しています。
「それであの、俺、美奈さんにお伝えしたいことが……」
「あっ、その前に、私も伝えたいことがあるんです」
言葉を遮って、美奈さんは背筋を正しました。兵助さんは俯いていた顔を上げて、美奈さんの顔を窺います。
「兵助さん――いいえ、河童さん。昔、助けてくれてありがとうございます」
ぺこりと頭を下げられて、兵助さんは混乱の渦中に立たされたようでした。目を何度もぱちぱちとさせて、情けない声で問い返します。
「なんで……」
「ほら、この鏡ですよ」
美奈さんが取り出したのは、この前来店された時にお渡しした鏡でした。私はあちゃーと天を仰ぎました。あれは映したものの本当の姿を暴く鏡です。あの時取り出した手鏡はあの不思議な鏡だったのですね。
「帽子をかぶった時に、見えちゃったんです。あなたの本当の姿が」
眉を下げてそう言う美奈さんに、兵助さんは机に額がつきそうなほど深く頭を下げました。
「だっ、騙すような真似をしてごめんなさい!」
兵助さんは頭を上げないまま、美奈さんに告白を始めました。ああ、なんてこと。こんな形の告白になるはずじゃなかったのに。
「俺、ずっと美奈さんのことが好きで、結婚したいってずっと思ってて」
兵助さんの声は震えています。私はもう仕事なんてそっちのけで、ふたりの動向を見守っていました。
「でも気持ち悪いですよね。河童なんかに好かれたって」
それを聞いた美奈さんは優しい声色で、兵助さんの言葉を否定しました。
「そんなことないですよ」
俯いていた兵助さんはおそるおそる顔を上げました。するとそこにはあの日、兵助さんが見たのと同じ、美奈さんの笑顔があったのです。
「あれから何年経っても、あなたが何者でも、あなたは私のヒーローなんですから」
すぐにはその言葉が飲みこみ切れなかったようで、兵助さんは固まっていました。そんな兵助さんに美奈さんは照れくさそうに笑い掛けました。
「さすがにすぐ結婚はできませんが、まずはお友達から始めません?」
「み、美奈さん……」
兵助さんの目にはみるみるうちに涙がたまっていき、やがて声を上げて号泣し始めました。美奈さんはそんな兵助さんに引くことなく、ハンカチを差し出したりしています。
私は柱の陰に隠れながらほっと息を吐きだしました。
作戦通りではありませんが、どうやら一件落着のようです。
*
あれから数週間。二人はたまに連れだってレストランを訪れるようになりました。
これは気のせいかもしれないのですが、あの二人は来店するたびに距離が近くなっているように見えるのです。まだ手も繋いでいないお友達、という関係ですが、あれはくっつくのも時間の問題なのではないでしょうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、私は人差し指の上にサイコキネシスで皿を乗せて、キッチンの方へと持ち帰っていくのでした。
「これ、よだか! 横着をするなと言うておろうに!」
「はいはーい、以後気を付けまーす」
「以後ではなく、今から気を付けい!」
「ええー、大丈夫ですって。私の超能力は日に日に進歩して――」
その時、桜子先輩と喋りながら後ろ歩きをしていた私は、またもや自分の足につまずいてしまいました。
ひゅーん。がしゃーん!
私のコントロールから外れた皿は私の後方にすっ飛んでいき、店長のすぐ近くの床に落ちて粉々になってしまいました。
「よーだーかーー!」
「ごめんなさいぃー!」
ここはレストラン化物堂。人と化物の両方が訪れる場所。
今日も道に迷った人や化物が訪れて、入口の古びたベルが、からんころんと鳴るのです。
「ようこそ、レストラン化物堂へ!」
私たちがレストランに戻ってから15分も経たないうちに、美奈さんと兵助さんは来店しました。私たちは手筈通り、予約席に二人をご案内します。
兵助さんはがちがちに緊張しているようです。当然といえば当然かもしれません。兵助さんはこれから愛の告白――とまではいかないかもしれませんが、とにかくこれからも友人関係を続けていくための言質までは取らないといけないのです。
「お待たせしました。きゅうりとホールトマトの冷製パスタでございます」
店長が二人のところに料理を運んでいきます。それにしても渋い声です。店長の声だなんて久々に聞いた気がします。
今日のメニューは二人のために店長が作ったものです。
細めのパスタにワインビネガーをつかったタレを絡め、ホールトマトを潰したものに塩コショウをかけたものを乗せています。それに加えて、ごまだれのかかった豚肉、錦糸卵ときゅうりの細切りも乗せられており、上からは白めの酸っぱめのビネガー入りのソースがかかっています。
きゅうりが使われているのは、兵助さんの好みに合わせ、緊張を解こうという店長のはからいなのでしょう。
二人はぽつりぽつりと会話をしながら食事を口に運んでいきます。兵助さんは一口目を食べた時にとても嬉しそうな顔をしていたので相当美味しいのでしょう。ですが、ここは我慢です。あまりがっついては美奈さんに引かれてしまいますからね。
そうしてランチを食べ終わり、運ばれてきた食後のジュースを半分ほど飲んだあたりで、兵助さんは切り出しました。
「美奈さん! あの、今日はありがとうございました!」
思った以上に大きな声になってしまい、周りのお客様が何事かと兵助さんの方を振り返ります。しかし美奈さんはそれを機にした様子もなく、兵助さんに笑いかけました。
「こちらこそ。楽しかったです」
兵助さんは俯いたままでしたが、遠目でも分かるほど赤面しているようでした。私たちはキッチンの方から密かに兵助さんを応援しています。
「それであの、俺、美奈さんにお伝えしたいことが……」
「あっ、その前に、私も伝えたいことがあるんです」
言葉を遮って、美奈さんは背筋を正しました。兵助さんは俯いていた顔を上げて、美奈さんの顔を窺います。
「兵助さん――いいえ、河童さん。昔、助けてくれてありがとうございます」
ぺこりと頭を下げられて、兵助さんは混乱の渦中に立たされたようでした。目を何度もぱちぱちとさせて、情けない声で問い返します。
「なんで……」
「ほら、この鏡ですよ」
美奈さんが取り出したのは、この前来店された時にお渡しした鏡でした。私はあちゃーと天を仰ぎました。あれは映したものの本当の姿を暴く鏡です。あの時取り出した手鏡はあの不思議な鏡だったのですね。
「帽子をかぶった時に、見えちゃったんです。あなたの本当の姿が」
眉を下げてそう言う美奈さんに、兵助さんは机に額がつきそうなほど深く頭を下げました。
「だっ、騙すような真似をしてごめんなさい!」
兵助さんは頭を上げないまま、美奈さんに告白を始めました。ああ、なんてこと。こんな形の告白になるはずじゃなかったのに。
「俺、ずっと美奈さんのことが好きで、結婚したいってずっと思ってて」
兵助さんの声は震えています。私はもう仕事なんてそっちのけで、ふたりの動向を見守っていました。
「でも気持ち悪いですよね。河童なんかに好かれたって」
それを聞いた美奈さんは優しい声色で、兵助さんの言葉を否定しました。
「そんなことないですよ」
俯いていた兵助さんはおそるおそる顔を上げました。するとそこにはあの日、兵助さんが見たのと同じ、美奈さんの笑顔があったのです。
「あれから何年経っても、あなたが何者でも、あなたは私のヒーローなんですから」
すぐにはその言葉が飲みこみ切れなかったようで、兵助さんは固まっていました。そんな兵助さんに美奈さんは照れくさそうに笑い掛けました。
「さすがにすぐ結婚はできませんが、まずはお友達から始めません?」
「み、美奈さん……」
兵助さんの目にはみるみるうちに涙がたまっていき、やがて声を上げて号泣し始めました。美奈さんはそんな兵助さんに引くことなく、ハンカチを差し出したりしています。
私は柱の陰に隠れながらほっと息を吐きだしました。
作戦通りではありませんが、どうやら一件落着のようです。
*
あれから数週間。二人はたまに連れだってレストランを訪れるようになりました。
これは気のせいかもしれないのですが、あの二人は来店するたびに距離が近くなっているように見えるのです。まだ手も繋いでいないお友達、という関係ですが、あれはくっつくのも時間の問題なのではないでしょうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、私は人差し指の上にサイコキネシスで皿を乗せて、キッチンの方へと持ち帰っていくのでした。
「これ、よだか! 横着をするなと言うておろうに!」
「はいはーい、以後気を付けまーす」
「以後ではなく、今から気を付けい!」
「ええー、大丈夫ですって。私の超能力は日に日に進歩して――」
その時、桜子先輩と喋りながら後ろ歩きをしていた私は、またもや自分の足につまずいてしまいました。
ひゅーん。がしゃーん!
私のコントロールから外れた皿は私の後方にすっ飛んでいき、店長のすぐ近くの床に落ちて粉々になってしまいました。
「よーだーかーー!」
「ごめんなさいぃー!」
ここはレストラン化物堂。人と化物の両方が訪れる場所。
今日も道に迷った人や化物が訪れて、入口の古びたベルが、からんころんと鳴るのです。
「ようこそ、レストラン化物堂へ!」