レストラン化物堂 ~人と化物の間、取り持ちます~
 はてさて、目まぐるしく時間は過ぎ、もう開店の時間です。私は入口にかかった札を『準備中』から『営業中』へとひっくり返しました。

 だけど、しばらくはお客様もいらっしゃいません。そんなものです。第一、レストランなのに朝から開けるとはどういう了見でしょう。普通昼からでしょうに。

 窓にもたれて、ぶーと頬を膨らませていると、背後でかんかんとほうきで床を叩く音が聞こえました。振り返ると、桜子先輩がむすっとした顔でこちらを見上げています。

「何を呆けておるのじゃ。お客様が来なくても仕事は山積みじゃぞ!」

「はいはいはーい。今やりますー」

「はいは一回!」

 がみがみ怒ってくる桜子先輩をかわして、私はふきんを机から取り上げます。とは言っても他に仕事なんて、観葉植物への水やりや食材の整理ぐらいでしょうに。本当にうるさい先輩です。

 先輩は先輩なので言うことは聞きますけど。聞きますけどー!

 ぶつぶつ言いながら店の奥に引っ込もうとしたその時、入口のドアが開かれて、ドアにつけられたベルがからんころんと鳴りました。

「あ、いらっしゃいませー」

 振り返るとそこには、20代前半と思しき女性が二人連れだって入ってきていました。二人とも大きな荷物は持っていなかったので、軽い朝食を食べにふらりと入ってきたというところでしょう。

 桜子先輩がお客様を席に案内している間に、私はお冷を取りに行きます。――と、その時。

「ん?」

 からんころんと音を立てて閉まったはずのドアの向こうから、誰かの視線を感じた気がして私は振り返りました。

「んー……?」

 しかし目を凝らしてみても、ドアのガラス窓の向こうには誰もいません。きっと気のせいだったのでしょう。私は店長からお冷を受け取ると、足音を殺してお客様の座る席へと近づいていきました。

「美奈ってさ、どうして彼氏作らないの? 合コンに誘っても来ないじゃん」

「どうしてって……うーん」

「もしかしてー、片思いの相手がいるとか?」

「なんで分かったの!?」

「にっひっひ。ただのカマかけだよー」

「もー……」

 おお、恋バナというやつです。もう少し聞いていたいですが、先輩たちの目がありますしね。そろそろお冷を届けに行きましょう。

「どうぞ、お冷です」

「うわっ!」

「きゃっ!?」

 私が机にコップを置くと同時に、二人は大げさなぐらい私を見て驚きました。私は首を傾げます。

「どうかされましたか?」

「い、いえ、急に現れたように見えたので……」

「あー、私の特技なんです。気配を消すのって」

 えへへ、と照れ笑いをすると、お客様方は若干引いた様子で笑いました。失礼な。どこに引く要素があったというのですか。

「それでそれで? なになに? 恋のお話ですか?」

 食いつく私に引きながらも、美奈と呼ばれていた方のお客様は口を開きました。

「ええと、昔、その人に危ない所を助けてもらって、一目ぼれだったんだけど……」

「まさかその恋をずっと引きずってるの!? 子供の頃の話でしょ!?」

 嘘だあ、ともう片方のお客様があきれ返ります。しかし、私はそれを聞いてテンションがすっかり上がってしまいました。

「いやあ! 純愛ですねえ! 応援しますよ、私は!」

「は、はあ……」

 何を隠そうこの私、少女マンガ的展開が大好きなのです。主人公が昔出会った一目ぼれの相手と結ばれる? 最高じゃないですか!

 ますます身を乗り出して、美奈さんの話の続きを聞こうとしていると、私の背後から地を這うような声が響いてきました。

「よーだーかー!」

「さ、桜子先輩……」

 振り返った先には予想通り、怒り心頭に発した桜子先輩の姿がありました。桜子先輩は厳しい目つきだけで私を追い払うと、お客様方に腰を折りました。

「失礼しました。ご注文をお聞きします」

「あ、はい……じゃあこのAセットと――」

「あ、私もAセットでお願いします」

 何たる理不尽。もうちょっとぐらい聞かせてくれたっていいじゃないですか。頬を膨らませながら私が裏に戻ろうとしていると、再びからんころんと音がして、入口のドアが開かれました。
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