レストラン化物堂 ~人と化物の間、取り持ちます~
「いらっしゃいませー」

 入店してきたのは、二人の若い男性でした。年齢は大学生ぐらいでしょうか。一人は唇にピアスをつけ、もう片方は歩きたばこをしています。……こう言ってはなんですが、相当ガラの悪いお客様です。

 男性のお客様方は、私が席に案内する前にさっさと自分で座る場所を決めてしまわれました。私は肩をすくめ、お冷を取りに行きます。よくあることです。気にもしません。

 しかし、お冷を取って戻ってきた席では、流石に看過できない事態が起きていました。

「ねえ、お姉さんたち今日暇?」

「俺たち車で来てるんだけどさ、一緒に遊びに行かない?」

「あの、困ります……」

 先ほど来店された男性のお客様方が、わざわざ美奈さんたちの席に行って絡んでいたのです。美奈さんたちは明らかに嫌がっています。これはお店側としてもなんとかしないといけません。

「まあまあ、いいじゃんいいじゃん」

「ここ座ってもいいかな?」

 その時、強引に二人と相席しようとしたお客様方の前に、すっと桜子先輩が立ちはだかりました。

「お客様」

 冷え冷えとする声色で桜子先輩は言います。

「他のお客様のご迷惑になるような行為はご遠慮くださいませ」

 さ、桜子先輩が、対クレーマー用の猫をかぶっている……!

 私は震えながら、無表情ですらすらと言葉を並べる桜子先輩を応援しました。

「それにここは禁煙席でございます。喫煙されるのであれば外のテラス席へお願いします」

「ああ?ガキは黙ってろよ」

「いっちょまえに店員面してんじゃねえぞ、クソチビ」

 そう言うと、お客様はタバコの煙を桜子先輩の顔に吹き付けました。ああ、いけません。桜子先輩の怒りのボルテージが上がっていくのが目に見えます。

「出ろ出ろ、コンコン、燃え上がれ……」

 桜子先輩は後ろに隠した手でキツネサインを作りながら、ぶつぶつと呟きました。お客様方は、桜子先輩が何を言ったのか聞き取れず、顔を寄せて威嚇しています。

 その時、男性の持っているタバコに急に大きな火が灯りました。

「えっ、うわっ、あっちぃ!」

 思わず男性はタバコを取り落します。桜子先輩はそれを靴の裏でぐしゃっと踏み消すと、目の前のお客様方に向かって言い放ちました。

「ここは! 禁煙席じゃと! 言うておろうに!」

 桜子先輩に詰め寄られ、焦りながらも逆上したのでしょう。男性は机の上に置いてあった水の入ったコップを掴み上げました。

「う、うるせえこのガキ!」

 投げつけるようにして桜子先輩めがけて水がばらまかれます。私は咄嗟にそちらに向かって手をかざしました。

 ぴたりと、時間が止まったように水が空中で動きを止めます。勢いはこれで殺されたはずです。私が手を下ろすと、水は誰にもかかることなく真下に落ちていきました。

「何だよ、てめぇ……何しやがった……」

 一体何が起こったのか分からず、お客様方――いいえ、ここはもうクレーマーさんたちと呼びましょう。クレーマーさんたちは顔を引きつらせます。

「お客様」

 いつの間に接近していたのか、クレーマーさんたちのすぐそばには、椿屋先輩が立っていました。椿屋先輩はクレーマーさんたちに一歩一歩、ゆっくりと近づいていきます。それに気圧されたクレーマーさんたちもまた、一歩一歩後ずさり、テラス席の方へと追い詰められていきました。

「なんだテメェ、やろうってのか!」

「容赦しねえぞオラァ!」

 クレーマーさんたちは後ずさりながらも椿屋先輩に吠えかかります。椿屋先輩はクレーマーさんたちをまっすぐに指さしました。

「今日の天気は――」

 きょとんとした顔でクレーマーさんたちは頭上を見上げます。そこには庭の大木が枝葉を伸ばしていました。

「――晴れのち毛虫」

 椿屋先輩がそう宣言すると、大木は突風が吹いたかのように大きく揺れ、その枝葉の中からは大量の毛虫が落ちてきました。

「へっ、うわあああ!」

「ぎゃあああ!」

 クレーマーさんたちは情けない悲鳴を上げていずこかへと逃げていきます。私は手をひらひらと振ってそれを見送りました。
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