レストラン化物堂 ~人と化物の間、取り持ちます~
「――という経緯なんです」
レストランの奥の席に座った河童さんはそう締めくくりました。河童さんの目の前にはティーカップに入った紅茶が置いてあります。
河童さんはそういうものは飲み慣れていないのか、おっかなびっくりといった様子でカップに口をつけていました。
「なるほどねえ、河童さんと美奈さんにはそんな過去があったんですね」
私は銀のトレーを両手に持って、宙にふわふわと浮かびながら河童さんの話に頷きました。
「……それで、貴様はわしらに何をしてもらいたいのじゃ? 貴様らは恋仲で、プロポーズの手伝いをしてほしいというやつか?」
「こ、恋仲!?」
桜子先輩の言葉に、河童さんは顔を真っ赤にして否定します。
「そそ、そういうのじゃないんです、俺はただ、いつも彼女の後をつけて見守っているだけで」
「なーんだ、ストーカーさんでしたか」
私が何の気なしにそう言うと、河童さんは俯いて「すみません……」と謝ってきました。いやいや、私に謝られても困るんですが。
「でも河童さん。美奈さんには想い人がいるみたいですよ」
「ええっ、想い人!?」
河童さんは大げさに驚くと、頭を抱えてしまいました。そんな河童さんに桜子先輩は追撃をかけます。
「それにストーカーじゃだめじゃろう。どうして声をかけにいかないのじゃ?」
「そ、それは……」
もごもごと口ごもって、いまいち要領を得ません。辛抱強く私たちが待っていると、やがて河童さんは控えめな声で話しはじめました。
「本当は分かっているんです。河童と人間は釣り合わないって」
河童さんは自嘲しているようでした。過去に何かあったのでしょう。
「俺、昔から人間のことが大好きなんですけど、人間は俺の姿を見るとすぐに逃げていってしまって……きっと俺の姿が怖かったり、醜いせいだと思うんです。そんな俺が、美奈さんの前に出ていっても怖がられるだけだと思って、それで……」
それだけ言うと河童さんはまた俯いてしまいました。ここは私の出番です。私はうじうじしている河童さんを一喝しました。
「それでも想いを伝えなければ何も始まりませんよ!」
河童さんはびくっと肩を震わせて、宙に浮遊する私を見上げてきました。
「今のままじゃ河童さんは美奈さんに存在も知られないまま終わってしまいますよ! それでいいんですか、河童さん!」
私の言葉に、河童さんはすぐには答えを出せないようでしたが、それでも何かは変わったようでした。桜子先輩は私を見上げてきました。
「よだか、お前……」
桜子先輩はそこで一度言葉を切ると、情感たっぷりに私に言い放ちました。
「ほんっとうに、仕事じゃないと生き生きしておるな!」
「えへへ!」
そんなに褒められても困りますよ、と照れていると、桜子先輩は、褒めておらん! と私を突っぱねました。
そうしている間に河童さんは心を決めたようで立ち上がって、私たちをまっすぐに見てきました。
「そうですよね、やっぱり俺、このままじゃいけないと思うんです。だから皆さんの力をお借りしたいんです。どうかよろしくお願いします!」
河童さんは私たちに頭を下げてきました。私たちは顔を見合わせます。
「元よりそのつもりじゃ!」
「そうですよ、私たちにお任せください!」
「……力になる」
珍しく椿屋先輩まで同意して、私たちはそれぞれ胸を張ります。河童さんは感極まって泣きそうになっているようでした。と、その時。
「…………」
「店長? どうしたんですか?」
いつの間にか店の奥から出てきていた店長が、とあるものを差し出してきていました。私はそれを超能力で受け取ると、目の前で何度もひっくり返してみました。
「これは『メタモルおしろい』じゃな。店長の持つ不思議道具の一つじゃ」
アンティーク調の装飾が施されたコンパクトです。メタモルということはこれの持つ効果は恐らく――
「これを顔にはたくとじゃな、自由自在に姿を変えることができるのじゃ。貴様が見た目にコンプレックスを持っているというなら、これはうってつけの不思議道具じゃな」
なるほど、これを使って河童の姿から人間の姿になろうというのですね。河童さんもそれに思い至ったらしく、私が差し出したコンパクトを恭しく受け取りました。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「でも姿を変えるだけじゃだめですよね、まずはきっかけを作らないと」
「そうじゃな。色々と作戦を練ってみるか」
私は話が長引きそうだと判断して、先輩方と私の分のお水も持ってこようと踵を返し――ふと、あることに気付いて河童さんの方を振り返りました。
「そういえば河童さん。今更ですが、河童さんのお名前は何というんです?」
「本当に今更ですね!?」
そういえば聞いておらんかったなあ、と桜子先輩がぼんやり言い、その隣で椿屋先輩もこくりと頷いています。それを見て、緊張が解けたのでしょう。河童さんはぷっと噴きだして、自己紹介をしました。
「俺は兵助です。河童の兵助」
「私はよだかです。こっちは桜子先輩に椿屋先輩。一緒に頑張りましょうね、兵助さん!」
レストランの奥の席に座った河童さんはそう締めくくりました。河童さんの目の前にはティーカップに入った紅茶が置いてあります。
河童さんはそういうものは飲み慣れていないのか、おっかなびっくりといった様子でカップに口をつけていました。
「なるほどねえ、河童さんと美奈さんにはそんな過去があったんですね」
私は銀のトレーを両手に持って、宙にふわふわと浮かびながら河童さんの話に頷きました。
「……それで、貴様はわしらに何をしてもらいたいのじゃ? 貴様らは恋仲で、プロポーズの手伝いをしてほしいというやつか?」
「こ、恋仲!?」
桜子先輩の言葉に、河童さんは顔を真っ赤にして否定します。
「そそ、そういうのじゃないんです、俺はただ、いつも彼女の後をつけて見守っているだけで」
「なーんだ、ストーカーさんでしたか」
私が何の気なしにそう言うと、河童さんは俯いて「すみません……」と謝ってきました。いやいや、私に謝られても困るんですが。
「でも河童さん。美奈さんには想い人がいるみたいですよ」
「ええっ、想い人!?」
河童さんは大げさに驚くと、頭を抱えてしまいました。そんな河童さんに桜子先輩は追撃をかけます。
「それにストーカーじゃだめじゃろう。どうして声をかけにいかないのじゃ?」
「そ、それは……」
もごもごと口ごもって、いまいち要領を得ません。辛抱強く私たちが待っていると、やがて河童さんは控えめな声で話しはじめました。
「本当は分かっているんです。河童と人間は釣り合わないって」
河童さんは自嘲しているようでした。過去に何かあったのでしょう。
「俺、昔から人間のことが大好きなんですけど、人間は俺の姿を見るとすぐに逃げていってしまって……きっと俺の姿が怖かったり、醜いせいだと思うんです。そんな俺が、美奈さんの前に出ていっても怖がられるだけだと思って、それで……」
それだけ言うと河童さんはまた俯いてしまいました。ここは私の出番です。私はうじうじしている河童さんを一喝しました。
「それでも想いを伝えなければ何も始まりませんよ!」
河童さんはびくっと肩を震わせて、宙に浮遊する私を見上げてきました。
「今のままじゃ河童さんは美奈さんに存在も知られないまま終わってしまいますよ! それでいいんですか、河童さん!」
私の言葉に、河童さんはすぐには答えを出せないようでしたが、それでも何かは変わったようでした。桜子先輩は私を見上げてきました。
「よだか、お前……」
桜子先輩はそこで一度言葉を切ると、情感たっぷりに私に言い放ちました。
「ほんっとうに、仕事じゃないと生き生きしておるな!」
「えへへ!」
そんなに褒められても困りますよ、と照れていると、桜子先輩は、褒めておらん! と私を突っぱねました。
そうしている間に河童さんは心を決めたようで立ち上がって、私たちをまっすぐに見てきました。
「そうですよね、やっぱり俺、このままじゃいけないと思うんです。だから皆さんの力をお借りしたいんです。どうかよろしくお願いします!」
河童さんは私たちに頭を下げてきました。私たちは顔を見合わせます。
「元よりそのつもりじゃ!」
「そうですよ、私たちにお任せください!」
「……力になる」
珍しく椿屋先輩まで同意して、私たちはそれぞれ胸を張ります。河童さんは感極まって泣きそうになっているようでした。と、その時。
「…………」
「店長? どうしたんですか?」
いつの間にか店の奥から出てきていた店長が、とあるものを差し出してきていました。私はそれを超能力で受け取ると、目の前で何度もひっくり返してみました。
「これは『メタモルおしろい』じゃな。店長の持つ不思議道具の一つじゃ」
アンティーク調の装飾が施されたコンパクトです。メタモルということはこれの持つ効果は恐らく――
「これを顔にはたくとじゃな、自由自在に姿を変えることができるのじゃ。貴様が見た目にコンプレックスを持っているというなら、これはうってつけの不思議道具じゃな」
なるほど、これを使って河童の姿から人間の姿になろうというのですね。河童さんもそれに思い至ったらしく、私が差し出したコンパクトを恭しく受け取りました。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「でも姿を変えるだけじゃだめですよね、まずはきっかけを作らないと」
「そうじゃな。色々と作戦を練ってみるか」
私は話が長引きそうだと判断して、先輩方と私の分のお水も持ってこようと踵を返し――ふと、あることに気付いて河童さんの方を振り返りました。
「そういえば河童さん。今更ですが、河童さんのお名前は何というんです?」
「本当に今更ですね!?」
そういえば聞いておらんかったなあ、と桜子先輩がぼんやり言い、その隣で椿屋先輩もこくりと頷いています。それを見て、緊張が解けたのでしょう。河童さんはぷっと噴きだして、自己紹介をしました。
「俺は兵助です。河童の兵助」
「私はよだかです。こっちは桜子先輩に椿屋先輩。一緒に頑張りましょうね、兵助さん!」