結婚適齢期症候群
「ふぅん。」

自分の席に戻っていくミユキの後姿を見つめながら、ショウヘイの怪我を想像する。

ミユキの言うように、少しの怪我くらいで病院に立ち寄りなんてあり得ない。

昨晩のワインで足下でもふらついた?

そんなに飲んでたんだろうか。

じゃ、やっぱり酔っ払って私にあんなこと言ったりやったりしたのかもしれないわね。

澤村ショウヘイからの朝の電話は、私に色んな心配事のタネを蒔いた。

それからお昼前になってもショウヘイが戻る気配はない。

怪我の具合が気になりながらも、ショウヘイからの連絡がない限りわからないわけで。

そういえば、地下鉄火災の時も一人心配しながら電話を待ってたっけ。

なんだか私ばっかりがショウヘイの電話を待ってるみたい。

きっと向こうは、そんなことすら気にも留めてないだろうけど。

丁度お昼休憩に立とうとした時、人事部フロアに電話が鳴った。

気づいたら、いつも一番にとるミユキよりも先に電話を取っていた。



「澤村です。」

昨晩耳元でささやかれた声とオーバーラップする。

受話器を当てた耳が熱く、ドクンドクンといってる。

「人事部教育課、村上です。お疲れさまです。」

少しの間があった後、

「あ、昨日はお疲れさまでした。」

といつもより低いトーンのショウヘイの声が聞こえた。

「今朝も電話入れたんだけど、昨晩足をケガして病院に来てる。足首骨折だったよ。」

足首骨折、って?

「え?大丈夫なの?骨折って、そんなひどい転び方したの?」

一瞬ここが社内だということを忘れてショウヘイの言葉に飛び付いてしまった。

前の席の飯田くんと目が合って、慌てて冷静さを取り戻す。

「ああ、情けないよ。自宅前の階段で転んでさ。昨日はたいしたことないって思って、そのまま放置してたら夜中からかなり痛みと腫れがひどくなっちゃって。ワイン飲みすぎたかな。俺、実はワインにはめっぽう弱くてさ。」

ワインにめっぽう弱いか・・・。

ひょっとしたら昨晩のこと、覚えてないとか??

今だってこんなに冷静にしゃべってるし。

「松葉杖でしばらくは会社に通わないといけないから、少し大変になりそうだよ。転属早々情けないけど、今日はもう少し遅れるって岩村課長によろしく伝えておいて。」

「・・・はい。わかりました。気をつけて。」

「うん。じゃ、よろしく。」

電話はスッと切れた。

足首骨折でしばらく松葉杖って、結構大変じゃない?

もうすぐ松坂部長が退職して、例の義父さんが部長としてやってくるのに。

タイミング悪いったら。

でも、そんなことより、昨晩のことが夢だったみたいに彼の声に微塵も私に対する緊張が感じられなかったことに凹む。

一人浮かれていた私は、やっぱり馬鹿みたいだ。

彼は相手を翻弄させてしまう罪な性分なのかもしれない。

力ない足取りで岩村課長のデスクに向かった。
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