結婚適齢期症候群
「おじゃまします・・・。」

開けられた扉から足を踏み入れた。

すぐ後ろに松葉杖にもたれているショウヘイの息づかいが聞こえる。

男の人の部屋に入るのは、初めてじゃない。

これまで付き合ってきた彼氏の家には何度も入ったことあるはずなのに、こんなにも複雑な気持ちで入ったのは初めてだった。

部屋に入るってことは、大抵の場合、そういうことになるって想定されるわけで。

だけど、松葉杖をついてる男性の部屋に入ると、どうもそういうことにはならないであろう安心感はあるんだけど、逆に私の気持ちが一方的に高まってしまう恐れもある。

要するに、男と女でない何もない状態の時が一層相手にのめり込んでいく勢いがついちゃうっていうか。

好きにならないように必死で止めてる何かが外れてしまいそうで恐かった。

痛々しい足を、松葉杖でかばいながら歩く姿はとてもほっとけそうにない。

でも、ここは心を鬼にしないと。


玄関に入って顔を上げると、想像以上に長い廊下が続いてその奥にリビングらしき空間が広がっているのが見えた。

「すっごい広い。」

思わず声がもれる。

バタン。

玄関の閉まる音。

「まぁ玄関はね。物がないから広く見えるだけさ。」

すぐ私の頭の上で彼の声が響いた。

あまりに接近して響く声に胸が苦しくなる。

「最近引っ越してきたばっかりでスリッパもなくてごめん。そのままで申し訳ないけど入って。」

最近引っ越してきたんだ。

ってことは、離婚後引っ越したってこと。

ショウヘイの奥さんの匂いがしないことに安堵する自分がいた。

だって、やっぱりね。

ちょっとだけ気になる。彼女以上にその存在は。

靴を脱いで廊下に上がった。

< 112 / 192 >

この作品をシェア

pagetop