結婚適齢期症候群
人事部メンバー達がざわついた。

「皆も驚くのも当然だと思う。僕としても貴重で有能な澤村くんがこんなに急に退職すると聞いて驚いています。僕もかなり引き留めたんだが、本人の意志は固く、今日ここで皆に報告する形になった。尚、明日付けで退職になる。澤村くん、じゃ挨拶よろしく。」

岩村課長はマイクをショウヘイに渡した。

ショウヘイは課長に頭を下げると、正面に向き直った。

「岩村課長、ありがとうございます。このたびはこんな急に辞めることを皆さんにお伝えすることになり大変申し訳ありません。とりわけ教育課のメンバーの皆さんには大変お世話になったにもかかわらず、何の力にもなれないまま辞めていくことは正直苦渋の決断ではありました。」

ショウヘイは私の方に視線を向けた。

「この数ヶ月の間、僕なりに色々と考え、答えを出したつもりです。これからの僕自身、皆さんに恥じない生き方をしていきたいと思っています。どうか、こんな勝手な決断をしてしまったことをお許し下さい。」

久しぶりにショウヘイに見つめられている。

どうして、私の方を見て話すの?

その目を逸らすのが今は恐かった。

逸らしてしまったら、もう二度と会えないような気がしたから。

「この数ヶ月間、本当にありがとうございました。心から感謝しています。短い間でしたが、僕はこの人事部が大好きでした。またどこかでお会いできる日まで。」

そう締めくくると、ショウヘイはようやく私から視線を外し、皆に深く頭を下げた。

またどこかで会えるの?

なんなの?この挨拶は。

どうして私を見つめながら言うの?

辞めてしまうって、これからショウヘイはどうするつもり?

我を忘れて、ショウヘイに問いただしたくなった。

ショウヘイも、トモエや皆のように私を置いていくの?

オーストリアでは、置いていかなかったのに。ずっと一緒にいてくれたのに。

もう会えなくなる。

本当にショウヘイとの縁が切れてしまう。

胸の奥からこみ上げる気持ちが涙になりそうで必死に止めた。

すると、岩村課長は、ショウヘイに向かって手を叩きだした。

松坂部長の時はともかく、ショウヘイクラスの人間が退職する時、手を叩いたのは初めてのことだった。

皆もそんな岩村課長につられたように手を叩き始める。

手を叩く意味は何かあるの?

私はぼんやりと頭を下げるショウヘイを見つめながら、拍手の音を夢の中にいるような感覚で聞いていた。

私は叩けない。そんな風に送り出せない。



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