君のために未来を見よう〜教王様の恩返し〜
皿をきれいに舐め回して食事が終わると、次は歯磨きが待っている。これが一番苦手な仕事だった。
指に布を巻きつけ、歯を一本一本拭いていく。
犬の口に手を入れるのも躊躇するし、慣れていないためうまく拭けなかった。
事情を理解しているレイが協力的に口を開けっ放しにしてくれるのが救いだった。

それから、丁寧にレイの毛にブラシをいれた。首周りや背中、頭部などをすくと、目を細めて気持ちよさそうな表情をする。
人間だったらどんな顔になるのだろう。想像するとなにやら可笑しくなってくる。鋭い眼光と近寄りがたい雰囲気を漂わせている彼も恍惚とした面持ちになるのだろうか。

運動、食事、ブラッシングの3点セットが終わると、ひとまずすることは終わり、フィーの朝食の時間になる。

(今日もいらっしゃるかしら。お会いできたらいいけど)
食堂へ向かう足はどうしても急いてしまう。顔にも笑みが浮かんでくる。

あの頃は、母親の目や身分の差があった。恋愛も結婚も自分の意志は尊重されない。

あの事故以来、失ってばかりだと思っていた。得たものはないと。

でも、違った。

広く澄んだ空に際限がないように、自分の世界も開かれていたのだ。
道しるべがなければ迷ってしまうくらいに。
踏み出すのが怖くなるくらいに。

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