BAD & BAD【Ⅰ】
不意に、善兄の骨ばった手がこちらに迫ってきた。
判断力が欠落したせいで、避けられない。
善兄は後ろに結んでいた髪に優しく触り、毛先にキスをした。
ぞわり、身の毛がよだつ。
なんで、身体は、動いてくれないの。
「大好きだよ、幸珀」
耳を塞ぎたくても、できなかった。
恐ろしいほど美しく微笑んでいる姿を、雨と涙がぼやけさせてくれた。
目尻から流れ落ちた雫は、雨なのか涙なのかわからなかった。
「またね」
善兄が、グラウンドから去って行く。
私はしばらくの間、雨に打たれたままだった。
荒みきった心には、雨粒ひとつでさえ鉛のように感じられた。
だけど、キスの跡を洗ってくれているようで、心地よかった。