もう一度、名前を呼んで2
リビングに戻ると、ジュリアはさっき出したコーヒーを固い顔で見つめていた。
いったいどんな話をされるんだろう。いつも溌溂とした笑顔でいてくれたジュリアがあんなに顔をこわばらせているなんて。
『待っててくれてありがとう、飲み物、ほかのにしようか』
さっきは何も考えずに出したけど、コーヒーじゃ冷めたらおいしくないだろう。それにステインとか気にしてるかもしれない。
『ありがとう、もらうわ』
冷蔵庫からミネラルウォーターとオレンジジュースを出して用意した。あたしはジュースが飲みたい。
『……アイナが急にいなくなってからの話をしないとね』
『う…ごめんなさい』
『いいのよ。そうした理由はなんとなくわかるわ。後で詳しく聞くわね』
『うん』
はぁ、と小さく深呼吸して話し始めたジュリアの話はこうだった───…
──────
あの日。藍那を人質に取られたエドは威嚇射撃を避けなかった。敵の目的はエドを殺すことではなくチームの壊滅だったため、心臓や頭は狙われなかったのだ。それでも藍那が意識を失った後、メンバーが敵を制圧した時には太もも、腹部、左肩を撃ち抜かれており息も絶え絶えな状況だった。
意識のない藍那を腕に抱いた後にはエドも意識を失った。そのまますぐにエドの実家お抱えの病院へと運ばれたが出血多量による意識不明でしばらくの間目を覚ますことはなく。メンバーの多くもリーダーであるエドの大けがに多大なショックを受け放心状態だった。……だからこそ、藍那が黙って出国するという到底あり得ないことが起きたわけだが。
『エドの様子はどう?』
『……変わりないよ』
腹部に穴が開いたまま暴れまわったため出血が多く、一命をとりとめたのは奇跡だと医者は言った。それだけアドレナリンが出ていたのだろうが、家業とも関係ない場所での大怪我はいただけないとも言った。
エドの影武者として生きてきたエリクがその存在を最大限に生かし本家のほうでは大した問題もなく日々が過ぎていたが,エドの父親はたいそうご立腹だった。
エドが目を覚ましたのは事件から2週間後。それでも驚異の回復だと周囲は驚いていた。
『……アイナは』
開口一番確認したのはそれだった。しかしその時には藍那はすでにアメリカにはおらず、そのことをジュリアたちも知っていた。
『……大丈夫よ』
『どこにいる』
エドの目は「あいつが入院しているならば同室のはずだし、問題がないのならこの部屋で待っているはずだろう」と語っている。あまりにも鋭い眼光にジュリアをはじめとした全員が白旗を挙げた。
『……わからないの。あの後、あなたの様子に気を取られている間にこの国を出たらしいわ』
『は……?』
おそらく日本に帰ってしまったこと、エドの状況に気を取られて藍那から目を離してしまったこと、連絡手段がすべて絶たれておりどうしようもないこと、リンとティルが探してはいるものの、出国記録と日本への入国以降の足取りは何もわからないこと、藍那の生家に関する情報が何も得られないことを話した。
『……全員出ていけ』
『エド!くれぐれも安静にしててよ!』
『うるせえ、失せろ』
大人しくベッドに座ってはいるもののその威圧感はすさまじいもので、全員すごすごと部屋を出た。
その日以来のエドは以前にもまして無表情になり、眼光も鋭かった。何を考えているのやら皆の想定とは異なり大人しく怪我を治している風だった。
そんなこんなで無事退院したものの、生活している部屋に帰るなり暴れまわった。
『クソッ!!!!どういうことだ!!!!なんでいない!!!』
『エド…!』
何をしでかすかわからないという理由でジュリアが生活に付き添っていた。エリクは本家でエドの影武者として生活していたし、リンとティルは藍那の捜索に尽力していたからだ。
もともと物が少ない部屋だったが、それでも部屋中のものを壁や床に投げつけみるみるうちに傷だらけになっていった。
ジュリアが見るその姿はほとんど手負いの獣のようで、しかし置いてけぼりにされた子供が泣いているようにも見えた。
──こんなに感情をあらわにするのは藍那が関係していることだけなのね
昔からエドのそばで思いを寄せてきたジュリアはそれを悲しく思いつつ人間らしいエドの姿に安心を覚えてもいたが、退院したばかりで暴れまわるのも良くない。だがそうは思っても止めるすべもない……。悲しみに暮れる様をだた見守るしかなかった。