クールな公爵様のゆゆしき恋情 外伝 ~騎士団長の純愛婚~
 それから一週間後の朝に、ベルツへ向けて出発した。

 滞在は短く三日の予定だ。アンテスからベルツへは馬車でも三日で移動出来るから、合計十日有れば予定をこなせる。

「シハレフの王子様は、どうしてこんな時に他国に来るんですかね」

 馬車に同乗しているホリーが、憂鬱そうに言う。

 ホリーの言う“こんな時”と言うのは、バラークとの事ではなく、私とリュシオンの婚約発表の宴席の日が迫っている事。
 準備が有るのだから、遠出をしている場合ではないと不満を漏らしているのだ。
 と言っても今の情勢だと、場合によっては中止になるかもしれないのだけれど。

「今回のシハレフ王子の訪問は私的なものなのよ。お兄様にも来て欲しいと言ったのはベルツ家が勝手に決めた事かもしれないわ。それでも行くと言ってしまったからには、約束は果たさないと」

「そうですけど……滞在中、リュシオン様達がいらっしゃらない事も心配です」

「それは仕方無いわよ、今は国境での揉め事が有るんだから。リュシオンに送って貰えるだけでもお兄様は譲歩しているのよ」

 ホリーや侍女達には、バラークの事を詳しく話していない。簡単に国境で小競り合いが起きているとだけ言っている。

 まだ戦が始まると決まった訳では無いから、混乱させるような情報は広めない方がいいとの、お兄様の命令だ。おかげで混乱はしていないけれど、楽観的過ぎる。

「バラークもいい加減にして欲しいですよね。今までだってアンテスに勝てなかったんだからもう諦めたらいいのに」

「バラークはベルハイムの肥沃な土地と資源を諦められないのよ。向こうは海も無い上に、国土の多くが砂漠だから」

 バラークは、昔から豊かなベルハイムを狙い、国境を隔てたアンテスに向かって来ている。
 それを止めるのが我がアンテス辺境伯家の役目と分かっているけれど、どうか戦いは辞めて欲しい。

 ホリーのように口にする事は出来ないけれど、本当にもう諦めて欲しいのだ。

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