Distance
頬と口元に鷹揚な笑みをたたえながら、話を聞いてる体で私は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
さすがに、キス以上はないだろうけど。いつか、そういう関係になるとしても、今は。


「つまり、好きになったら距離など些末な問題であって…」
「今夜はありがとう、村越さん。送ってくれて」


三日月荘が見えてきて、私は村越さんのレクチャーを遮って言った。
三日月荘は年季が入ってるアパートなんだけど、ここは私のおばあちゃんが管理しているので、家賃が激安なのだ。


「待って、なほちゃん!」


目の前まで来て、村越さんは切羽詰まったように言った。


「はい?」
「なほちゃん、僕ね。君のこと、もっとよく知りたいんだ。そしてもっと君との心の距離を縮めたいんだ!」


鼻息を荒くして言った村越さんは、私の部屋のドアを背に、通せんぼするみたいに立ちはだかった。そのとき。


「__じゃあ、俺が履歴書でも書きましょーか?」


不気味なくらいゆーっくりと、ドアが開いた。私の部屋じゃない。その、隣が。


「っえ!?」


そのドアの向こうから若い男がぬっと顔を覗かせたのを見て、村越さんは背筋を伸ばして仰け反った。
< 2 / 68 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop