あの夏の続きを、今
時が経つのは残酷なほどに早い。
あっという間に1週間と数日が過ぎて、ついに卒業式まであと1日となってしまった。
もちろんその間、一度も松本先輩に会うことはないまま。
その日、私は布団の中でパッと目が覚めた。
まだ薄暗い、自分の部屋のベッドの上。
時計を見ると、目覚ましをセットしている時間よりも15分ほど早い時間だった。
2度寝しよう、と思ってもう一度横になったけれど、何故か目が冴えて眠れない。
仕方なく私は音楽プレーヤーを机の引き出しから取り出して、目覚ましが鳴るまでの間、吹奏楽の曲を聴く。
最初に流れてきたのは、優しいバラードだった。
トランペットの、暖かく叙情的で、時に情熱的な音色が、松本先輩の奏でる音のように感じられて、胸の奥と目頭が熱くなった。
涙を堪えようと目をぎゅっと瞑ると、過ぎ去った夏の音楽室の光景と、最後列の内側でトランペットを吹く松本先輩の姿が鮮やかに浮かんできた。
生活指導の先生から、卒業生にプレゼントや寄せ書きなどを渡すのは今日までにしておくように、と言われている。
だから、今日の朝練の時間に、吹奏楽部員たちは3年生の自転車置き場に集まり、それぞれのパートごとに、先輩に寄せ書きなどを渡すことになっている。
私たちトランペットパートも、例のあの寄せ書きの色紙を今日、松本先輩に渡すことになっている。
私は朝の支度を終えると、朝早く家を出て、朝練へと向かう。
冷たい風を切り裂いていくように、坂道を下りる。
今日が、松本先輩が卒業する前に会える、最後から2番目のチャンス。
明日の卒業式では、式が終わった後、在校生による花道で、卒業生を送る。
この花道が、最後のチャンスになる。