あの夏の続きを、今
「じゃ、吹いてみよっか。無理に強い音を出すんじゃなくて、息の密度を上げるような感じで」
松本先輩にそう言われて、トランペットを構えて吹いてみる。
プゥーーーーーっ。プァーーーーーっ。
何回やっても、「ド」の音しか出ない。
だんだんと息が苦しくなってくる。
5回目ぐらいでようやく、息の流れるスピードが1段階上がるような感触がして、「ソ」の音が出た。
私はほっとして、マウスピースを口から離す。
「…こう、ですか?」
「そう、そんな感じ!上手じゃん!じゃあ今度は、チューナーを見て、音程を合わせることを意識しながら吹いて」
先輩に言われ、またトランペットを構える。
さっき掴んだばかりのコツを思い出して、大きく息を吸い込んでからもう一度「ソ」の音を吹く。
チューナーの針は最初は端のほうでふらふらと頼りなく揺れていた。
だが、さっき松本先輩が吹いていたしっかりした音をイメージしながら吹くと、チューナーの針はやがて真ん中あたりで留まるようになった────音程が合った証拠だ。
「すごい、ぴったりじゃん!広野さんって、ほんと、音程合わせるの上手いよね」
そう言って松本先輩は優しく微笑む。
「いえ、それほどでも……」
適当なことを言って誤魔化しつつも、本当は嬉しさを隠しきれない。
優しくて頼れるパートリーダー、松本先輩に褒められたのだから。
松本先輩は、演奏面だけでなく、人柄においても優れていると思う。
誰に対しても優しく、練習に対してはいつも真剣で、部員たちからの信頼も厚い。
松本先輩は絶対部長に向いているタイプなのに、どうして部長でも副部長でもコンサートマスターでもないんだろう、と1年生たちが皆不思議がっているほどだ。
私は松本先輩と話しているだけで、不思議と幸せな気持ちになれるし、先輩の優しい笑顔を見ていると、私も嬉しくなってくる。
そんな松本先輩は、私にとって憧れの存在であり、最も尊敬する人物だ。
私もいつか、あんな先輩になりたい。そう思いながら、私は日々練習を重ねている。