あの夏の続きを、今
そう言うと先生は、黒板に書いてあった課題曲の曲名を消して、そこに新たにいくつかの曲名を書いた。
「これが、俺の中での今年の自由曲候補なんだけど、今からここにある曲を聴いてもらうから…あ、全部聴いてると長いから、一部だけだけどな。
この中から、自由曲でやりたいものを、1曲選んで欲しい」
そう言われてから、私たちは、自由曲候補の曲を一曲ずつ聴いていく。
個人的には、どれも普通に良い曲だな、とは思ったが、直感的に「あ、この曲やりたい!」と思えるような曲は、なかなかない。
ところが、候補曲の中の一番下に書かれていた曲を聴いた瞬間、思わずはっとなった。
この曲だけ、他の曲と明らかに違う。なんだか、他の曲を遥かに上回る魅力を感じる────そんな気がした。
その曲の名前は、「じんじん(沖縄わらべ歌より)」。
ほんの少し聴いただけで、沖縄の青い海や白い砂浜、眩しい太陽、南国ならではの色とりどりの花────そういったものが鮮明に頭の中に浮かんでくるような曲だ。
明るい夏の風景を連想させるような力強いメロディーと打楽器の響きに、思わず心を奪われてしまう。
「ちょっと飛ばして、途中から行くぞ」
寺沢先生はそう言うと、曲を少し早送りして、途中からまた再生した。
流れてきたのは、先ほどの力強い音とは打って変わって、繊細で滑らかな旋律だ。
優しく感動的なメロディー。
なんて素敵なんだろう。
しばらく曲が進むと、曲想が変わり、明るく陽気な雰囲気になる。
いかにも沖縄のビーチという感じの印象だ。
ただ明るいだけでなく、時に少し切なげな雰囲気になったり、かと思ったらまた明るくなっていくのも、感動的だ。
この曲を演奏したい、と強く思った。
理由は分からないけれど、この曲は他のどの曲よりも魅力的だし、感動できる────そんな気がした。
この曲が、「私を演奏して」と私たちの心に呼びかけている────そんな気さえした。