あの夏の続きを、今


一通り曲を聞き終えて、両耳からイヤホンを外すのと、隣にいるミホが私の方に振り返るのとは、ほぼ同時だった。


「ね!志帆も、聞かせてよっ!」


私の方を見るなり、唐突にそう言うミホ。


「聞かせるって…何を?」

「志帆の恋バナだよっ!」

「えっ………こ、恋バナ!?」


私は飛び上がりそうなほど驚いた。


「今、ちょうどあっちの人たちと盛り上がってたからね。志帆のも聞きたい!やっぱ、修学旅行の定番といえば、恋バナだからねっ!」

「う……出た、修学旅行の定番……別の人に聞いてよ。私は何も語れないよー」


…本当は、何もないというのは嘘なんだけど。


でも、ここで真実を打ち明ける訳にはいかない。


だって────




────"ないない、そんなことは絶対ないと思うよ!"




あの言葉がまた蘇ってきて、胸がぎゅっと苦しくなる。


ミホは吹奏楽部員ではないけれど、もしもミホに打ち明けて、それが何らかの形で吹奏楽部員に伝わってしまったら────


天使のように純粋で優しいカリンでさえ、あんなことを言うのだから。他の吹奏楽部員に、松本先輩が好きだなんて知られたら────


否定、批判、軽蔑────そんな類いのものさえ、私に向けられてしまうかもしれない。


それに、もしもカリンにバレてしまったら────


私はカリンにたった一度だけついた、あの嘘を思い出す。



────"うん、恋はしてない。好きな人も、できてないよ"



あの言葉を口にした時。私とカリンの間に、ほんの少しだけ、でも確かに溝ができていくの感じた。カリンはそんなことなど全く気づいていないだろうけど。


もしも、嘘をついたことがバレてしまったら────この溝は、確かに目に見える形となって、私とカリンの間に現れ出るだろう。


きっと、二度と埋めることのできないであろう、深い亀裂となって。


だから、絶対に────言えない。
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