あの夏の続きを、今


「たなばた」もまた、息を呑むほどの素晴らしい演奏だった。


自分は今S町のホールにいる、ということさえ忘れさせられて、音楽の世界へ、音符という星々の輝く夜空に聴く人を誘うような、そんな演奏だ。


金管楽器、木管楽器、コントラバス、打楽器。全ての楽器の音が、聴衆の心と一体となって、曲の世界を表現している。


私は夜空を舞う織姫のような気分になって、演奏に聞き入った。


待っててください。今、会いに行きますから────私の「彦星」のもとへ。


音符の海をかき分けながら、私は糸を手繰り寄せて先輩のもとへ近づいていくように、先輩たちの奏でるユーフォの音を拾っていく。


先輩は、誰に聞いてほしくてその音を奏でているのか────その中に、ほんの少しでも私がいてくれたら、と願いながら。


やがて、曲は少しずつ速度を落としていく。


曲想が変わった────中間部だ。


自分が演奏する訳でもないのに、緊張で胸が高鳴っている。


静寂の中、ゆっくりと歌い始めたのは、織姫────アルトサックスだ。


ソロを奏でているのは、3人のアルトサックス奏者のうち、一番手前にいる女子だ。


私は我を忘れてその音に聞き入った。


優しく、そして優雅に、まるで何かを語りかけてくるように、愛のこもった「織姫」の音がホールを包み込む。


温かく心に染み入ってくるその音を奏でている、アルトサックスの人に思わず見惚れていると、すぐにもう一つの音が「織姫」に応えるようにそっと加わる。


彦星────ユーフォだ。


松本先輩のソロだ。


優しく柔らかな音。


その音が私の耳に届いた瞬間、胸がぎゅうっと締めつけられ、心の内が熱くなるのを感じた。


────それは、今までのどんな瞬間よりも強い、先輩への想いだった。



「織姫」の音に優しく寄り添うように、温かく、けれどどこか切なげな音色が、松本先輩のいる場所から辺りへと広がっていく。


「織姫」に何かを届けようとするように。


そして、その「彦星」の音に応えるように、「織姫」も再び、語りかけるように音を奏でる。
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