あの夏の続きを、今


「え……でも、私、高い音は………」


私が思わずそうこぼすと、寺沢先生は口角を少し上げて言った。


「いや、俺も十分分かってるよ、広野が低い音の方が好きで、低い音の方が得意なのは。

でも、今のこのメンバーの適性を考えると、広野がソロを吹いた方がいい」

「……どういうことでしょう」

「山内は本来高音が得意なはずだが、プレッシャーに弱いんだ。ソロのプレッシャーにいつも押し潰されてるせいで、曲全体に影響が出てしまってる。不安のせいで、音に勢いがなくなってしまってるんだよ。

だから、本番に強い君にソロをやってもらえば、山内がプレッシャーから解放されて本来の力を発揮できると思ってね。どうせ高いといっても最高音はファだし、広野ならもう余裕だろ?」

「はい……」

まだ不安な私に、先生は笑顔で話しかける。

「大丈夫大丈夫、広野は人一倍頑張ってるんだから、すぐに出来るはずだよ。俺は確信してる。それに。地区大会まで、1ヶ月『しか』ないんじゃなくて、1ヶ月『も』あるんだからな」


そう言いながら先生は、ホワイトボードの片隅を指差す。


そこには部長が書いたのだと思われる字で「地区大会まであと 31 日!」と書かれている。「31」の部分だけ、これでもかというぐらい大きく強調された太字で。


「大丈夫でしょうか」

「大丈夫、君ならできるから!」

「…わかりました」


私がそう言うと、寺沢先生はしっかりとうなずいた。
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