あの夏の続きを、今
失われた音
【2016年 7月下旬】
────ステージの照明が、一気に明るくなる。
『プログラム5番、O市立J中学校
課題曲 Ⅰ
自由曲 福島弘和 作曲 「じんじん」』
ついにこの時がやってきた。
吹奏楽コンクール、地区大会の本番だ。
────大丈夫。私もみんなも、今日まで数え切れないほどの努力を積み重ねてきたのだから。
私たちなら、必ず地区大会を突破できるはずだ。
────だが、私には少しだけ不安があった。
朝、学校で少し音出しをした時も、さっきチューニングをした時も、少し音の調子が悪い気がしたのだ。
何回吹いても、吹き込んだ息が全て音にならずに詰まってしまうような感触がする。
ソロの高音も、全力で吹いてやっと音が出る程度だ。
────大丈夫だろうか。
────ううん、きっと大丈夫。だって、ここまで練習を積み重ねてきたんだから────
寺沢先生が、指揮棒を構える。
私たちは真剣な眼差しでその指揮棒の先を見つめ、楽器を構える。
────タカタッタカタッタカタッタッ、パーンパパッパッパーーーン!!
全員の音が一つになり、華やかなファンファーレを奏でる。
大丈夫。音はちゃんと出ている。
油断すると掠れてしまいそうな音をうまく操りながら、私は自分のパートの音を奏でていく。
やはりまだ少し音の調子が良くない気がする。けれど、決してそれを気づかれないように、しっかりと息を入れ、音を出す。
大丈夫。まだ、音が掠れたり、外れたりはしていないのだから。