あの夏の続きを、今
話を聞いていたカリンは、「えっと、昔はもう一人先輩がいたのはお兄ちゃん経由でなんとなく知ってましたけど…そんな名前でしたっけ?」と松本先輩に尋ねる。
「それがね、色々と複雑な事情があってね…」
松本先輩が言い終わらないうちに、難波先輩は「そうそう!私の事情はとーっても複雑でね!」と口を挟む。
「今は「難波」って苗字だけど、これは家庭の事情で苗字が変わった結果でね。J中学校にいた頃は、「柏木」って苗字だったの」
そこまで聞いてカリンは、「あー、柏木先輩って、お兄ちゃんから聞いてました!なるほどそういうことだったんですね!」と言う。
────「柏木」という苗字には、私も聞き覚えがある。
どこでこの苗字を聞いたかな、と思いを巡らせるうちに、突然、2年前の記憶が蘇る。
────“でも、先輩には、柏木先輩がいたじゃないですか”
2年前の引退式の時、アカリ先輩が松本先輩に言っていた言葉。
あのやり取りは────そういうことだったのか、と今になって納得がいった。
それだけではない。
時折先輩が見せることのあった、寂しげな表情。
もしかしたらそれは、少し前までの私と、同じような気持ちを抱えていたのかもしれない────と、なんとなく思う。
そんな私をよそに、難波先輩は続ける。
「それでね、私は2年生の時にK中学校に転校した後、柏木から難波になって、ついでに楽器もトランペットからアルトサックスに変わったの。
それから東神高校に行ったんだけど、1年生の時はまだ吹部入ってなくて、今年になってアルトサックス担当として東神の吹部に入ったというわけ」
「なるほど、そんなことがあったんですね。全然知りませんでした」
すると、松本先輩が、「そういえば広野さんと山内さん、この前の東神の定演、見に来てたよね?あの時『たなばた』のアルトサックスのソロやってたのが、この人なんだよ。覚えてるかな」と言う。
「え、あのソロ、難波先輩がやってたんですか!?」
「苗字も出身校も違うから、まさか柏木先輩と同一人物だなんて思いませんでした!!」
観客を魅了する、あの素晴らしいソロの音は今でも心に焼き付いている。
それを松本先輩と一緒に奏でていた人物が、今目の前にいるだなんて、信じられない。
驚く私たちを前に、難波先輩は、「もうー、舞先輩って呼んでいいんだよ?私は柏木か難波か、どっちつかずなんだからー」と言う。