あの夏の続きを、今
結果発表が終わり、私たち部員はホールを出てロビーにやって来た。
「これで引退かぁ……なんだか寂しいね」
隣にいるカリンが涙を拭いながら話しかけてくる。
「でもね、なんだかあまり悔しくないんだ。なんでだろうね、涙は出るのに」
そう語るカリンに、私は、「きっと、カリンが自分の思う最高の演奏をできたからだよ。確かにこれで終わっちゃうのは寂しいけど、あの演奏は本当に最高だったもん。楽しかったよ、私は」と返す。
その時、後ろから、「おーい、広野さん、山内さん!」と声をかけられる。
「松本先輩!」
その声に私とカリンが振り向くと、そこには再びやって来た松本先輩がいた。
「二人とも、本当にお疲れ様。よく頑張ったね」
先輩は優しい笑顔でそう言って、「結果は残念だったかもしれないけど、僕の中では本当に素晴らしい演奏だったよ。だから、後悔だけはしないようにね」と続ける。
「えへへ、後悔なんて、最初からしてませんよ」
「A部門初出場で金賞ってだけでもすごいのに、後悔なんてするわけないじゃないですか!」
私とカリンがそれぞれ答えると、松本先輩は「そうそう、それから……」と言って、私の方に向いた。
「……?何でしょうか?」
「大切なことを、言い忘れてたよ」
松本先輩はそう言って、私の目を見てにっこりと微笑む。
「────誕生日おめでとう、広野さん」
「…………!!」
松本先輩の口から出た唐突なその言葉に、私は思わず驚いてしまう。
そうだ。今日は8月11日。────私の誕生日だ。
「志帆、おめでとう!15歳だね!」と、隣でカリンも言う。
「先輩、それにカリンも…………覚えててくれたんですね。ありがとうございます、すごく嬉しいです!!」
心の奥底から温かい気持ちが湧き上がって、私は思わず、涙が出そうになる。
「志帆、カリンー!バス乗るから、早く早くー!」
同級生の声が聞こえてきて、私ははっと我に返る。
「それじゃ、いつまでも引き止めてても悪いね。二人とも────高校生になっても、忘れないからね。それぞれの道に進んでも、僕は応援してるよ」
「「はいっ!」」
「じゃあね!」
私とカリンは先輩と別れ、人混みをかき分けて建物を出ると、部員たちが待っているバスへと向かう。
ほんの少しだけ残る涙を拭って、私は空を見上げた。
雲ひとつない、透き通った色の空から、金色の光が優しく降り注いでいた。
────15歳。
ここからまた、新しい季節が、始まる。