SUMMER PARTY NIGHT
波のぶつかる音が、喧騒としたビーチの中で掻き消されていく。
風で髪の毛がなびき、肌にまとわりついた砂を払い落とすことも忘れて星野亜美(ほしの あみ)はビーチの中を駆け回っていた。
イベント会社に勤めて2年。
中途採用で入ったので、今年で27歳だ。
半年前に別れた彼氏の顔がようやく薄らいできた頃、仕事が急に面白くなり忙しくなってきた。
そもそもあまり元々好きでなかったので、フラれた時も「ああ、そう」くらいにしか思っていなかったのだが。
今年の夏は海辺のビーチで、水鉄砲を使ったイベントを実施しましょうと企画部からアイディアが回ってきたので、ここ二日間亜美はビーチの中を駆けずり回りっぱなしだ。
7月の下旬。
学生たちも夏休みに入ったようで、水鉄砲を使用したイベントは大盛況だ。
日焼け止めをこまめに塗っていられたのは初日の数時間だけで、今となっては焼け始めた肌を気にする余裕もない。
参加する側は楽しいイベントだとしても、運営する側がこんなにハードなイベントだったなんて……と歩きづらい砂の上で荷物を運びながら少しだけ後悔した。
「星野。これ」
上司の青山浩志(あおやま こうし)が、水鉄砲を亜美に投げつけて来る。
青山浩志。
34歳の独身。
次の部長候補であると社内で噂されている出来る男。
そして、入社した時からずっと視線で追いかけてきた男。
いい年した女の片思いほど厄介なものはない。
女性関係の噂も多く、休日の日には不特定多数の女性とのデートが目撃されている。
ハーフのように顔も整っており、身長も高いので1人に絞り切れないほどお誘いが多いのだろうなというのが亜美の見解だ。
平凡な亜美からしてみれば、仕事以外のところで話すこともなかったような人種だろう。
「あ、あぶないじゃないですか!投げないでくださいよ」
恋心を隠して言うのはもう慣れた。
あからさまに顔を赤くなんかしたりしない。
「悪い悪い」
全く悪びれた様子もなく、浩志は亜美の方を見もせずに作業を続けている。
忙しい中で余裕がないのは分かるがと少しだけ不満を持つ。
暑さで疲れがピークに達していた。
「大丈夫か?」
顔を上げて、浩志が亜美の方を見た。
「大丈夫ですよ」
「水分補給してけ」
ボックスの中から冷えた清涼飲料水を取り出して、今度は投げずに差し出してくる。
スーツを着ている時には分からなかったが、T-シャツからのぞいだ腕にはしっかりと筋肉がついていた。
「大丈夫ですって」
「上司命令。お前が倒れたら俺が困る」
お上手を言っている訳ではなく、本心で言っている辺りが憎い。
女性にもモテるが男性社員からも支持を得られているのはこういうところだ。
「……」
抱えていた水鉄砲を一旦砂の上に置いて、差し出されたペットボトルを亜美は受け取った。