御曹司と溺愛付き!?ハラハラ同居
それから彼は見事な手つきでカニをさばき、それからはギブアップ。
野菜を切るほうがどう考えても簡単だと思うんだけど、彼は「任せた」の一点張りだった。

でも、鍋を仕込む間、彼はあの難しい雑誌を手にすることもなくずっと隣で見ていてくれた。


「座っててください」


私が注意したことを気にしているのかもしれないと言うと「見ているのもなかなか楽しい」と返事が返ってきたので、ちょっとうれしい。

仕事以外の楽しみを、少しずつ覚えてほしかったからだ。


「いい匂い」


鍋がぐつぐつ言い始め、部屋の中にカニのいい香りが漂い出した。


「懐かしい」

「でも、実家に行ったら食べていらっしゃるでしょ?」

「もうずっと帰ってなかったからな。実家と言っても育ちは東京だし、親父が五年前に小樽を気に入って家を買ったから実家になったというか……。俺は住んだことはないんだ。まだ片手くらいしか行ったことはない」


そうなんだ。


「もったいないですね。おいしいものいっぱいなのに」

「そうだな」


彼に鍋をとりわけながら言うと、微笑みながらうなずいた。
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