鈍感な二人
エーデルは、スカートを握りしめた手を見ながら、なぜ、こんなことを初対面のクリスフォードに話をしているのだろうと考えていた。



ブルック家の事情など、クリスフォードには関係ない。それでも彼に話してしまったのは、彼ならば助けてくれかもしれないと言う希望を抱いたからだ。


ブルック家は、広大な農地を領地とする田舎の子爵である。

その領地は王都から少し離れており、子爵という立場から、貴族の中で位が高いわけではないし、力があるわけでもない。だが、代々広大な農地を領地とする土地柄か、歴代の領主はみな穏やかで、人望に厚く、領民にも慕われていた。


エーデルの父エリックもそうであった。だが、彼は数年前、突然病に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。


そのエリックの代わりに領主となったのが、エーデルの継母ヘレンである。ヘレンは、エリックの後妻であり、エーデルとは血がつながっていない。また、ヘレンにはロナウドと言う息子がいるが、彼はヘレンの前の夫との子である。


実は、エーデルが社交界デビューしないのは、エーデルが華やかな社交界に全く興味がないとのと同時に継母と義理の弟とブルック家の領地を守るためでもある。


エーデルの母、イリーナは生粋の貴族令嬢だった。政略結婚したエリックとの仲は良かったが、エーデルの貴族令嬢らしかぬ振る舞いにはいつも小言を言っていた。そんな母が唯一褒めてくれたのが、エーデルの育てるバラの美しさだった。

バラは栽培が難しい。だが、エーデルはわずか10歳のころにはもう見事な大輪のバラを育てることが出来た。そのバラをイリーナは褒めてくれたのだ。


だが、イリーナはエーデルが12歳の時に流行病でこの世を去ってしまう。幼いエーデルの悲しみは深かった。彼女は、母が唯一褒めてくれたバラを栽培に心力を注ぐことで悲しみを紛らわした。そしてエリックはそんな娘を優しく見守っていた。


ヘレンがブルック家にやってきたのは、エーデルが14歳の時である。初めて会ったとき、エーデルはヘレンとは気が合いそうにないと思った。派手な服を着た彼女を見て、自分とは違うと思ったのだ。だが、それは杞憂だと気が付いた。


メイドがこぼしたお茶がヘレンの腕にかかったのだ。幸い熱くはなかったのだが、エーデルは大変なことになったと思った。ヘレンが作法に厳しい人物なら、メイドは暇を言い渡されてしまうかもしれなかった。


だが、そんなことにはならなかった。むしろ、泣きながら謝るメイドを気遣ったのである。
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