クラウンプリンセスの家庭教師
王妃 ヘルミーナ・グリチーネ
王妃、ヘルミーナ、通称ミーナは、産まれた瞬間から嫁ぎ先が決まっていた。王子と年回りの近い娘を欲していた父、ライヒ・グリチーネは、待望の長女の誕生をことの他喜び、たいそう可愛がった。
彼女は、王家と一族を結ぶ架け橋であり、次代の王の母になることを期待されていた。
どんな我侭も受け入れられたし、兄も弟も、彼女の言うことには逆らえなかった。母親だけが、彼女に対して苦言を呈したが、それほど気にはならなかった。
彼女の人生は光に満ち溢れ、一点の曇りもないように思えた。自分は国で最も輝かしい女性であると、信じて疑っていなかった。
夫となる王子の姉、グレイシアに出会うまでは。
グレイシアは、女であるミーナから見ても美しかった。もちろんミーナも決してひけはとらないだろうが、グレイシアの美しさは、優れた彫刻家の手による女神像のように、一部の隙もない、完成された美しさだった。
さらに、知性と教養。
ミーナは、己がそれを望まなかった事もあるが、淑女として最低限の教育は受けたものの、象牙の塔の賢者達が学ぶような知識は、女の人生において不要とする父親の意向もあり、グレイシアほどには高い教養を身につけてはいなかった。
誰もが、尊敬し、畏怖する存在。完璧なまでの王女。それでも、王妃になるのは自分であり、いずれ異国へ嫁ぐか、相応の貴族の家に降嫁するものと思っていた彼女は、あろうことか女王になった。王子はまだ幼く、病弱で、即位には猶予が必要だった。
女として、貴婦人として、すべてにおいて上にたたれたミーナは打ちのめされた。
全てを持っていると思ったのは錯覚で、自分よりも上の存在がいる事が、何よりも耐え難かった。後に夫が即位し、王妃となり、娘を産み落としても、その気持ちは晴れなかった。それどころか、娘は、成長するにつけ、夫に、夫の姉、憎たらしいグレイシアに似てくる。それはミーナには耐え難い事だった。
王子を産みたい。『できれば夫の子種では無く、別の男の子を』グレイシアへの憎しみは、いつの間にか王家へのそれへと変質していった。弟を王位につける為に女王になったグレイシア、その為に、自分の子もあきらめたグレイシアに、言ってやりたかった。あなたが繋いできたものは、全て私が壊してしまったわと。
王子を望んでいる父も、王の子である必要は無いと思っていたようだ。父にとっては、王妃の立場にある、グリチーネ家の娘が産んだ子が王位につく事こそ最上なのだった。
グレイシアそっくりな自分の娘、女王になる使命感に燃えるトリスも、忌々しい存在だった。トリスが淡い恋心を抱いているであろうヴァルターに抱かれているところを見せつけてやった時のあの娘の顔! 少なからず溜飲を下げたが、すぐにまた取り澄ました顔に戻ったトリス。
トリスの寵愛を受けているというカイは、もう、あの子と寝たのかしら、と、ミーナは思う。おそらく二人に男女の関係は無いのだろう。だからこそ、奪う価値があるというものだ。
グレイシアには、隠している恋人がいるようだった。しかしそれを巧妙に隠しおおせたのは、本当に腹立たしかった。けれど、今はトリスがいる。どうしたら、あの子は取り乱すだろうか。
逞しいカイの腕が、どのように自分を抱くか、どんな風に溺れてくれるか。久しぶりに楽しみな獲物が現れてくれた、と、ミーナは策を巡らせる。彼女には、王妃の責務も、母としての役割も興味が無かった。自身の美貌を磨く事と、快楽に溺れる事、それが彼女の生きがいだった。
それ以上の事を、彼女は求められなかった。ただ、美しく、王の子供を産む事が役目であると、育てたのは彼女の父親。
老いた母も、今は自分の事すらよくわかっていない。誰もミーナ自身を見てはいない事。誰も自分を愛していない事に、ミーナは気づかない。
彼女は、王家と一族を結ぶ架け橋であり、次代の王の母になることを期待されていた。
どんな我侭も受け入れられたし、兄も弟も、彼女の言うことには逆らえなかった。母親だけが、彼女に対して苦言を呈したが、それほど気にはならなかった。
彼女の人生は光に満ち溢れ、一点の曇りもないように思えた。自分は国で最も輝かしい女性であると、信じて疑っていなかった。
夫となる王子の姉、グレイシアに出会うまでは。
グレイシアは、女であるミーナから見ても美しかった。もちろんミーナも決してひけはとらないだろうが、グレイシアの美しさは、優れた彫刻家の手による女神像のように、一部の隙もない、完成された美しさだった。
さらに、知性と教養。
ミーナは、己がそれを望まなかった事もあるが、淑女として最低限の教育は受けたものの、象牙の塔の賢者達が学ぶような知識は、女の人生において不要とする父親の意向もあり、グレイシアほどには高い教養を身につけてはいなかった。
誰もが、尊敬し、畏怖する存在。完璧なまでの王女。それでも、王妃になるのは自分であり、いずれ異国へ嫁ぐか、相応の貴族の家に降嫁するものと思っていた彼女は、あろうことか女王になった。王子はまだ幼く、病弱で、即位には猶予が必要だった。
女として、貴婦人として、すべてにおいて上にたたれたミーナは打ちのめされた。
全てを持っていると思ったのは錯覚で、自分よりも上の存在がいる事が、何よりも耐え難かった。後に夫が即位し、王妃となり、娘を産み落としても、その気持ちは晴れなかった。それどころか、娘は、成長するにつけ、夫に、夫の姉、憎たらしいグレイシアに似てくる。それはミーナには耐え難い事だった。
王子を産みたい。『できれば夫の子種では無く、別の男の子を』グレイシアへの憎しみは、いつの間にか王家へのそれへと変質していった。弟を王位につける為に女王になったグレイシア、その為に、自分の子もあきらめたグレイシアに、言ってやりたかった。あなたが繋いできたものは、全て私が壊してしまったわと。
王子を望んでいる父も、王の子である必要は無いと思っていたようだ。父にとっては、王妃の立場にある、グリチーネ家の娘が産んだ子が王位につく事こそ最上なのだった。
グレイシアそっくりな自分の娘、女王になる使命感に燃えるトリスも、忌々しい存在だった。トリスが淡い恋心を抱いているであろうヴァルターに抱かれているところを見せつけてやった時のあの娘の顔! 少なからず溜飲を下げたが、すぐにまた取り澄ました顔に戻ったトリス。
トリスの寵愛を受けているというカイは、もう、あの子と寝たのかしら、と、ミーナは思う。おそらく二人に男女の関係は無いのだろう。だからこそ、奪う価値があるというものだ。
グレイシアには、隠している恋人がいるようだった。しかしそれを巧妙に隠しおおせたのは、本当に腹立たしかった。けれど、今はトリスがいる。どうしたら、あの子は取り乱すだろうか。
逞しいカイの腕が、どのように自分を抱くか、どんな風に溺れてくれるか。久しぶりに楽しみな獲物が現れてくれた、と、ミーナは策を巡らせる。彼女には、王妃の責務も、母としての役割も興味が無かった。自身の美貌を磨く事と、快楽に溺れる事、それが彼女の生きがいだった。
それ以上の事を、彼女は求められなかった。ただ、美しく、王の子供を産む事が役目であると、育てたのは彼女の父親。
老いた母も、今は自分の事すらよくわかっていない。誰もミーナ自身を見てはいない事。誰も自分を愛していない事に、ミーナは気づかない。