クラウンプリンセスの家庭教師
告解
「先生、少し見ぬうちに痩せたか? いや、憔悴しているのか?」
 何度も妄想したトリスの声だった。自分は夢を見ているのだろうか。そして、会えて、顔を見れた事を喜んでいる自分が少し嫌になった。動悸が激しく、自分の鼓動がやけに耳につく。何か答えなくてはいけないが、長いこと口をきいていなかったので、声がうまく出そうにない。
 口をひらいても、ア……ア…と、うめき声が漏れるばかりだ。

 ここに、エデル師からの手紙がある。読んできかせて構わないという事だったので、読むぞ。構わず、トリスが続けた。

「中略! 以来、カイは、部屋に閉じこもり、食事もせず、ひたすら自慰にかまけているようです。 ついては、部屋から連れ出して、しかるべき処理をしていただけませんでしょうか、殿下のお名前が漏れ聞こえてくるようで、周囲の精神衛生上甚だよろしくない」

 って何を書いているんだ師匠ーーーーーーーー!!!!!!!
 あわてて手紙を取り上げようとしたが、数日で足が衰えたのか、よろけてしまってトリスに届かない。

「先生、顔が真っ赤ですよ」
 そう言っているトリスの顔も相当なものだった。自分がそういう事のネタにされている事に対して、恥ずかしいと思わないはずがない。
 もうダメだ、不敬罪だ。カイは、両手で顔を覆い、椅子につっぷしてしまった。

「謝罪させてもらえないだろうか、あなたの尊厳を無視して、母にあてがうような真似をした事に対しての」

 トリスは、そのまま語り続けた。

「……母は、私を嫌っている。そして、最大の嫌がらせとして、私が好意を持ったものを奪っていくのだ。 かつて、ヴァルターがそうだった。幼い私は、愚かにも奴に恋心を抱いていた事がある。……そんな目で見るな、子供の頃の話だ」

 王妃が幼いトリスにした仕打ちは、お気に入りのおもちゃを取り上げる子供同士のやりとりのようで、やり方が大人な分、醜悪で、胸が傷んだ。

「だから……、今度も、先生にちょっかいを出すのではないかと思っていた」

「……私が、先生に、好意を持っている事に、母が気づいたのだ、あの人は、そういう勘だけは昔から妙にするどい」

「え……それは、つまり」

「私は、先生の事が好きだ」

 思わず、自分もそうだと、告げそうになり、しかし、カイは、トリスに先に告げなくてはならない事を語る事にした。自分の話を聞いてもなお、彼女は自分を好きだと言ってくれるだろうか。

「殿下……私の話も、聞いていただけますか」

 トリスは、恥ずかしそうな顔をしたまま、黙って頷いた。

「私は、殿下に偽りを申し上げています。今から、本当の事を話させて下さい」
 その話も聞いてもなお……とは、続けられなかった。トリスは真っ直ぐにカイを見つめている。カイは、それに正しく答えなくてはならない。

「私は、出自を偽っております。私の父は、殿下のご一族に連なるもの。我が家は、血の粛清を行った英雄王、ヒューメルの子、フロインの末裔なのです」

 既に父は死に、一族で残っているのは自分だけだと、カイは言った。

「私の目的は、殿下に取り行って操ること。可能であれば、王位を我が手に入れる事だったのです」

 それが、父の、一族の悲願でした。カイはトリスに全てを語った。私は、過去から来た亡霊です。既に王宮に私の居場所はありません。

「全ては、偽りだった……と? 私の家庭教師として、議論をした日々も、国の未来について語った事も?」

「このように言っても信じていただけないかもしれません。ですが、殿下の前にいたのは私。出自を偽った事以外、あれは私自身の言葉です」

 トリスは、グレイシア前女王、伯母から聞いた話を思い浮かべていた。血統も何もかも、後付だ。「王になりたい」者がいて、それを繋いできただけなのだと。役割を、義務を、栄誉を、正しいのは何か。

「先生は、私が世継ぎの王女だから近づいた?」

 確かめたかった。カイに。トリスは続ける。

「私が、王族では無くて、例えば、象牙の塔の一学生であったなら、近づきはしなかった?」

「きっかけは、確かにそうです。あなたに近づいたのは、クラウンプリンセスであったからだ、でも、今は、あなたが女王になろうとなるまいと、あなたのお側にいたい。全てを、私のものにしたい」

「私は、あなたを愛しています、ベアトリクス」

 真っ直ぐに、トリスを見つめて、カイが言った。

「……臣下として、あなたに命じられるのならば、王妃と肌を併せる事だって厭わない、そう、思っていました。でも、違った。あなた以外欲しくない。私が欲しいのはあなただ」

「女王になる以外、私に生きる術は無いのだと思っていた。男に生まれればよかったとか、世継ぎを産まなくてはとか、いつも誰かにあるべき姿を望まれていた。それでも、自分はそう生きるしか無いと思っていた。先生、いえ、カイ、どうか、私を、あなたのものに」

 ようやく、屈託なく互いの思いを口にした二人は、互いの存在を確かめ、指先をからめ、そして抱き合ったのだった。
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