クラウンプリンセスの家庭教師
老賢者と前女王
象牙の塔からあまり出ることの無い、エデル師も、事件の収拾の為に重い腰をあげた。氷の離宮、トリスを助けたのは、グレイシア前女王の私兵だった。彼女が女王時代からの、忠実な騎士達。救いを求めたのは、エデルからの伝令だった。
エデルとグレイシアは、とても長く、文通をしている。鳥を使った手紙の交換は、彼女が退位したその日から、ずっと続いていた。何通も、何通も。手紙だけのやり取り。
直接の対面は、十年以上前になる。人払いをして、今は二人きりだ。
「相変わらず、お美しいですな、陛下」
「あなたは、爺になったわね、それに、なんだか小さくなったみたい」
挨拶代わりのやりとりの後に、エデルは改めてグレイシアに礼を言った。
「お礼を言いたいのはこちらの方ですよ、危うく、トリスを失うところでした」
「……それは、殿下の伯母としての言葉ですか? それとも、前代女王としてのお言葉ですかな?」
少し意地悪く、エデルが指摘する。
「あなたまで、そんな事を言うの?」
苦笑するだけで、グレイシアは答えなかった。
弟を即位させる為に、女王になったグレイシア。女王としての自分と、素の自分を分けて考えるなど無意味だと言った、彼女の過去の言葉を、エデルは思い出していた。
「もし、トリスがいなくなったら、国は乱れていたでしょう……そうなったら、私も気楽な隠居の身ではいられなくなったかもしれない……結局、私は自分が一番かわいいのよ」
「自分で自分をかわいがらなくてどうします」
自分を慈しめるのは自分だけなのだ、誰かにそれを求め、確かめようとするから齟齬が生まれる。
「……トリスも、あの子も、もっと自分を大切にしてくれればよいのだけれど」
立場や責任、人からの期待に敏感で、どうかすると自分を否定してしまいそうになる、弟に似た姪。子供のいないグレイシアにとって、とても大切な存在。
「……で、あなたのところの彼は、トリスを大切にしてくれるのかしら」
カイ、一族の悲願の為に育てられた青年。彼もまた、正統な王者の末裔としての役割を背負わされた子供だった。実は、トリスとカイの立場は、似ていた。鏡写しのような二人だった。
「……大切に、か、どうかはわかりませんが、ものすごく可愛がりたくて仕方がないようですよ」
可愛がりすぎて壊さないか心配なほどに。
正式な婚約が決まるまで、カイは象牙の塔に滞在する事になった。トリスの身近にいると、色々問題がありそうで、正しい手順を飛び越えそうで、と、エデルが進言し、トリスはそれを受け入れた。
グレイシアは苦笑した。根回しには苦労したが、カイは無事、女王の夫になる事が決まった。出自から考えて、喜ばしい事だと言う古老もいた。分かたれた血族が再び結ばれる。意図した事では無かったが、収まるところに収まるというのは、人を安心させるのかもしれない。
「……で、私もあなたを可愛がりたいのですが」
いつもの、子供のようなキラキラした瞳で、エデルが言った。
「いい温泉があるんですよ、どうですか? ご一緒に。 お互い、若い者達にまかせて、そろそろ気ままに生きていいと思うんですよね」
「……変わらないわね、あなた」
グレイシアも、昔と変わらない笑顔を、エデルに見せた。
エデルとグレイシアは、とても長く、文通をしている。鳥を使った手紙の交換は、彼女が退位したその日から、ずっと続いていた。何通も、何通も。手紙だけのやり取り。
直接の対面は、十年以上前になる。人払いをして、今は二人きりだ。
「相変わらず、お美しいですな、陛下」
「あなたは、爺になったわね、それに、なんだか小さくなったみたい」
挨拶代わりのやりとりの後に、エデルは改めてグレイシアに礼を言った。
「お礼を言いたいのはこちらの方ですよ、危うく、トリスを失うところでした」
「……それは、殿下の伯母としての言葉ですか? それとも、前代女王としてのお言葉ですかな?」
少し意地悪く、エデルが指摘する。
「あなたまで、そんな事を言うの?」
苦笑するだけで、グレイシアは答えなかった。
弟を即位させる為に、女王になったグレイシア。女王としての自分と、素の自分を分けて考えるなど無意味だと言った、彼女の過去の言葉を、エデルは思い出していた。
「もし、トリスがいなくなったら、国は乱れていたでしょう……そうなったら、私も気楽な隠居の身ではいられなくなったかもしれない……結局、私は自分が一番かわいいのよ」
「自分で自分をかわいがらなくてどうします」
自分を慈しめるのは自分だけなのだ、誰かにそれを求め、確かめようとするから齟齬が生まれる。
「……トリスも、あの子も、もっと自分を大切にしてくれればよいのだけれど」
立場や責任、人からの期待に敏感で、どうかすると自分を否定してしまいそうになる、弟に似た姪。子供のいないグレイシアにとって、とても大切な存在。
「……で、あなたのところの彼は、トリスを大切にしてくれるのかしら」
カイ、一族の悲願の為に育てられた青年。彼もまた、正統な王者の末裔としての役割を背負わされた子供だった。実は、トリスとカイの立場は、似ていた。鏡写しのような二人だった。
「……大切に、か、どうかはわかりませんが、ものすごく可愛がりたくて仕方がないようですよ」
可愛がりすぎて壊さないか心配なほどに。
正式な婚約が決まるまで、カイは象牙の塔に滞在する事になった。トリスの身近にいると、色々問題がありそうで、正しい手順を飛び越えそうで、と、エデルが進言し、トリスはそれを受け入れた。
グレイシアは苦笑した。根回しには苦労したが、カイは無事、女王の夫になる事が決まった。出自から考えて、喜ばしい事だと言う古老もいた。分かたれた血族が再び結ばれる。意図した事では無かったが、収まるところに収まるというのは、人を安心させるのかもしれない。
「……で、私もあなたを可愛がりたいのですが」
いつもの、子供のようなキラキラした瞳で、エデルが言った。
「いい温泉があるんですよ、どうですか? ご一緒に。 お互い、若い者達にまかせて、そろそろ気ままに生きていいと思うんですよね」
「……変わらないわね、あなた」
グレイシアも、昔と変わらない笑顔を、エデルに見せた。