強引社長といきなり政略結婚!?

なにか口に入れていたわけじゃない。瞬間的に吸い込んだ空気が、体の変なところに入った感覚だ。


「大丈夫か?」


向かいの席から彼が心配そうな顔をする。
首を縦に何度も振ることで、それに答えた。


「それで? それは本当の話?」


まっすぐな視線につかまえられる。
私がなにも返さないでいると、彼は訝るように目を少し細めた。


「あ、でも、それはもう随分昔の話ですから」


それに、ちょっと軽く触れ合っただけのキスだ。


「……なんか癪だな」


朝比奈さんが、そんなことにこだわるとは思ってもいなかった。女性遍歴もきっと多くて、私とは違って数々の恋愛をしてきただろうから。
私のファーストキスを気に病むなんて……ちょっと嬉しい。
つい口元を緩めると、朝比奈さんが「なんだよ」と私を軽く睨む。


「いえ、なんでもないです」

「なんでもないって顔じゃないだろ」


朝比奈さんは拗ねたように私から目を逸らした。
なんだかかわいい。
朝比奈さんの意外な一面は、孝志おじさんや浩輔との一件を束の間忘れさせてくれたのだった。

< 168 / 389 >

この作品をシェア

pagetop