強引社長といきなり政略結婚!?
なにか口に入れていたわけじゃない。瞬間的に吸い込んだ空気が、体の変なところに入った感覚だ。
「大丈夫か?」
向かいの席から彼が心配そうな顔をする。
首を縦に何度も振ることで、それに答えた。
「それで? それは本当の話?」
まっすぐな視線につかまえられる。
私がなにも返さないでいると、彼は訝るように目を少し細めた。
「あ、でも、それはもう随分昔の話ですから」
それに、ちょっと軽く触れ合っただけのキスだ。
「……なんか癪だな」
朝比奈さんが、そんなことにこだわるとは思ってもいなかった。女性遍歴もきっと多くて、私とは違って数々の恋愛をしてきただろうから。
私のファーストキスを気に病むなんて……ちょっと嬉しい。
つい口元を緩めると、朝比奈さんが「なんだよ」と私を軽く睨む。
「いえ、なんでもないです」
「なんでもないって顔じゃないだろ」
朝比奈さんは拗ねたように私から目を逸らした。
なんだかかわいい。
朝比奈さんの意外な一面は、孝志おじさんや浩輔との一件を束の間忘れさせてくれたのだった。