強引社長といきなり政略結婚!?
上辺だけの言葉は信じません
翌日、木陰が繁忙を極める午後十二時半を回ったころだった。せっせと料理を運んでいる最中、店内入口のドアが開けられ、「いらっしゃいませー」とゆかりちゃんに続いて言うと、入って来た人物を見て足が止まる。朝比奈さんだったのだ。
平日だから仕事の合間だろう。スリーピースの黒いスーツに薄いピンク色のワイシャツを合わせた着こなしが、なんとも上品に見える。
ゆかりちゃんは「きゃあ」と小さいながらも黄色い声を上げた。
朝比奈さんは、「よ!」と右手を軽く上げ、「どこに座ったらいい?」と店内を見渡す。
ボケッと突っ立っている私を追い越し、ゆかりちゃんが「こちらへどうぞ」とカウンターにひとつだけ空いた席へ案内した。
「また来ましたね」
彼女が、通りすがりに私に囁く。ものすごく嬉しそうだ。ウキウキと顔に書いてある。
ところが彼女は、お冷を持っていくとすぐにリターンして戻ってきた。
「汐里さんがいいって」
持っていた伝票を私に突き出す。
別に、誰が注文を聞いたっていいだろうに。
彼のほうを睨むつもりで見ると、朝比奈さんは優美な笑みを浮かべていた。上げた手の指先を軽く振っている。