先生、もっと抱きしめて
「音楽室のピアノ借りたら?」

「うーん、でもちょっと借りづらい……。先生はおうちにピアノあるの?」

「置いてるよ。電子だけどね」

「いいなぁ、弾きたいなぁ」

先生の家に行きたい、という意味ではなかったんだけど。
マツタクは、少し落ち着かない様子になった。

その空気で、いままでの和やかさが崩れて、再び緊張が蘇る。

うわぁ、今私、また先生に迫った感じになってるんじゃ……。

せっかくフォローしてくれてたのに……先生。

車はどんどん進み、次の曲がり角を曲がってもらおうとちょっとだけ身を乗り出した時、マツタクが急に話し始めた。

「彼女が、音楽関係の仕事してたんだ。だから……それは彼女のピアノなんだ」

曲がらなければいけない道を曲がらずに、車は走り続ける。
リアルな『彼女』の存在に、何も言えずにマツタクを見ていた。

先生の彼女は、ピアノ弾くひとなんだ……。
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