先生、もっと抱きしめて
夏でも長袖を着ているマツタク。
白いシャツを腕まくりして、左腕には、黒い腕時計がついている。

山の上、星空の下、夜景が広がる車の中。
エンジンがかかると同時に、さっきのジャズのピアノの音色が聞こえてきた。

「……やだ」

この音色はきっと、彼女の思い出。
マツタクは首を傾げて私を見た。

「消して……」

今は、彼女に邪魔をされたくない。


「ジャス苦手か~。三好が聞くようなのって何だろうな」

先生は、至って普通にCDを止めてくれて、FMを合わせ始めた。


ジャズが苦手なんじゃない。
今は、ピアノの音を聞きたくないの。

今は、彼女に思いを馳せてほしくないの。


今は、先生をひとりじめしたいの。


今は……



手を伸ばして

黒い腕時計のついた左腕に触れた。


マツタクは、ちょっと驚いた様子で振り返る。



今は……私を見て。先生。
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