好きな人が現れても……
帰りの車の中で、真央はウトウトと居眠りを始めた。
クッキング教室でも公園でも、相当燥いでたからだろう。
疲れたんだと思い、着くまでは起こさずにおいた。


マンションに着くと揺り起こしてみたが、やっぱり目を開けない。
困った奴だと呆れ、チャイルドシートから外して抱っこした。


肩に凭れる真央からは寝汗の匂いが漂ってくる。
脱力した子供の体は重くて熱い。
体温が高いのは知っているが、今日はまた特別だな…と思いつつ部屋へ入った。


ダブルベッドの右側に寝かせ、額や首に浮かんでる汗を拭き取る。
一日中動き回ってたせいか、ちょとやそっとじゃ起きそうもない雰囲気だ。


エアコンを点けてから寝室を出た。
シャワーを浴び、缶ビールを片手にソファへと座る。

カシュ…とプルタブを押し込めば、薄っすらと炭酸ガスが抜けていく。
ゴクン…と一口飲み込み、そのまま視線をピアノの方に彷徨わせた。


弾く者が居なくなってからピアノは音を奏でることもない。
音楽教室の講師をしていた千恵が使っていた、たった一つの遺品。

捨てきれずに今も目に入る位置に置いてる。
新婚当時から育ててきたゴムの木も側に置いて。


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