好きな人が現れても……
「何度も話し合いを繰り返したよ。その度に妻は我儘だと思うけど産ませて欲しいと願った」


産むのは自分ではない。
だけど、課長は子供さんよりも奥さんに生き続けて欲しいと言った。


「そしたらあいつ、自分みたいに癌を患った人間が長生きなんて出来ないのに、子供を堕ろしてまで生きても意味がないと泣くんだ。

自分が死んでも子供がいれば貴方の味方にも力にもなる。
だけど、子供を堕ろして自分が生き残っても迷惑を掛けるだけで、何も残せないと言った……」


話し合いの決着が付かないうちに堕ろせない周期になり、課長は腹を括って奥さんの出産を決めた。


「……怖かったよ。お腹が大きくなる度に妻の命が縮んでいくんだから」


恐ろしくて怖い夢ばかりを何度も見た。
週末は病院に泊まり込んで、奥さんのベッドサイドで夜を明かしたことも教えてくれた。


臨月を前に出産は帝王切開で行われ、お子さんは早産ながら元気な産声を上げた。
けれど、癌を患ってた体では、赤ちゃんに初乳を飲ませることも叶わなかったそうだ。


未熟児だったお子さんは直ぐに保育器に入れられ、ミルクだけに頼って大きくなった。


< 47 / 255 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop